着せ替えAIの登場、心待ちの日々

東京が夏の暑さだったとき、北海道は零下で大雪だったことがありました。
ところが2〜3日前は東京が冬の寒さで、北海道は春のポカポカ陽気。
そんな春先ですが、みなさま、お元気でお過ごしでしょうか。

新卒の方々は、慣れない新生活の中、就活生を見かけては、
昨年の大変さを思い起こされていらっしゃるのでは?
先日、羽田空港のベンチで就活生の女子の隣りに座りました。
彼女は膝にお弁当箱を乗せ、一人で食事をしていました。
真隣だったので一瞬目に入ってきたお弁当箱は
紺色の2段のもので、おかずがたくさん詰まっていました。
それを膝に乗せ、背筋をすっと伸ばして静かに食事している彼女。
お行儀が良くてきれいな食べ方です。
お弁当はお母さんとか誰かほかの人が作ったのでしょうか?
自分で作ったものでしょうか?
栄養と愛情がたっぷり詰まっていそうなお弁当箱に、
彼女の就活の成功を祈りました。
それにしてもうまそーなお弁当だったなあ。笑

さて、最近、仕事が重なっているところに、ロングインタビューを必要とする
仕事の依頼がありました。
インタビュー自体は全然問題はないのですが、
録音した音声を聞き取って文字に起こす、
いわゆる「テープ起こし」くらい手間のかかる作業はありません。
私の場合は確実に聞き取りたいタイプで、
聞き取りにくい言葉は何度も何度もテープを聴き直して文字化しようとします。
まぁ今はテープではなく、ICレコーダーなどに録音して、
その音声データをパソコンに取り込み、itunesなどで再生して聞き取るスタイルですが。
もう、止めちゃ再生して聞き取って書き、同じところを巻き戻して、
また止めちゃ再生して書くという、地道な作業の連続で、
たとえば録音時間が1時間だったとしても2〜3倍の時間がかかります。
余裕があればそれでもいいのですが、たまたまほかの案件も詰まっていたので、
どうやったら効率的にできるか考えました。
そうだ!こういうときこそ音声入力をすればよいのでは?と思って、
パソコンのテキストアプリのマイクをオンにしてICレコーダーの音声を聞かせました。
が、うんでもすんでもない。
データじゃダメ? 肉声じゃないとダメということでしょうか?
なかなか贅沢なやつです。
そこで、ICレコーダーの音声を流し、その言葉を私がくり返して話し、
パソコンに聞き取らせてテキスト化するという、もう、デジタル化されてるのか
アナログのままなのか、わけのわからない仕事ぶりです。
それでも、この方法によって、かなりの時間短縮に成功。
AIにテキスト化してもらった資料をもとに原稿に仕上げて、
無事、締切に間に合いました。
音声の聞き取り能力も結構正確で驚きます。
でも中には、すごくお馬鹿な変換をするときも。
そんなときは「あんた馬鹿なんじゃないの!」と腹立ち紛れに言ってみると、
「あんた馬鹿なんじゃないの」と、返されます。
そこだけはしっかり正確にテキスト化するので、余計腹が立ちます。
ちなみに、「できるかなあ」などの場合、語尾の「あ」をちょっと伸ばし気味に言うと、
小文字で印字されたりします。どういう気の使い方なんでしょうか?

メールで情報をやり取りしている仕事相手の人から電話がありました。
登録していないので番号が表示されたのですが、
会話が終わって電話を切って見ると、
番号表示のところに相手の名前が出ているではありませんか。
「ひょっとしてこの人?iPhoneがメールの中からこの電話番号見つけたよ!」
的なことまで表示しています。もう「エライ?エライ?」と言わんばかり。
そく登録しましたが、気がつけば、AIに助けてもらっている生活です。

忙しい時はキッチンでお茶を入れているときも、iPhoneを手にして、
テキストやPDFを見て確認しながら文章を考えたりします。
そんな時に、文章のどこかを選択して、コピーの指示をしたとする。
続いてほかの場所にペーストをする前に、全然別の作業、たとえばガスの火を止める、
お湯をポットに注ぐ、などの作業をしたりするとき、あれ?と思ったりします。
コピーするべき内容は今、自分の指先にあるような錯覚に陥り、
ペーストをする前に手でほかのものを触ったり洗ったりしたら、
その内容はどこかに行ってしまうんじゃないか、消えちゃうんじゃないか、など、
一瞬心配になったりする究極のアナログ人。
で、いろいろなことをしたあと、10分後くらいにペーストすると、
私の指先から内容が流れ落ちたかのように、ちゃんとそこに移される。
FAXが流通しはじめた頃、送信した紙が電線に乗って流れていく光景を想像すると
書いていた作家がいました。
今の私も、AI生活にとまどいつつ、なかなか楽しんでいます。

行きつけの薬局にペッパーくんがいて、
「唐突だけれどお天気の話しをしませんか?」とか話しかけて来ます。
たいがい全員に無視されていて、ちょっとかわいそう。
将来的に、ヒト型AIは一家に一台的に、生活に入り込んでいるのかも知れません。
荷物を受け取っておきました、とか、今日も野菜不足です、とか、
気温が何度で肌寒いです、上着は持ちましたか?、とか言ったりするんでしょうね。
「なるべく早く帰ってきてくださいね、寂しいから」
とかうざいことをいう設定にできたり、
着せ替えできて、好みの服を着せられるタイプとか。
それで顔がイケメンや美女だったら、ますます未婚率が増えそうです。

*4/19追記

着せ替えのところで書くべきことをうっかりしていました。
AIロボットの顔やボディに、モニターのような機能があれば、
たとえば好みの顔を映し出せるし、好みの服を着せることができます。
好きなスタイルをさせることはもちろん、
オンラインのサイトでルックを見て「これいいけど、似合うかなあ」
と迷うアイテムの画像データをそのロボットにダウンロードさせて着せてみる。
その頃には画像のみでなく、オンラインショップで見られるルックのアイテムが
みんな動画で表示されるようになっているかもしれませんし、
それを、あらかじめオーナーのボディサイズや特徴をインプットされたロボットが
バーチャルに試着して動いたりすれば、
後ろとかサイドからも見られて、これはイケル!とか、こりゃ無理だ、とか、一目瞭然。
買って失敗ということも限りなくゼロに近づくのでは?
と、試着嫌いで、後悔率高めの方(私)には、早期の実現が待ち望まれる着せ替えAIです。

*写真は夜の銀座です。最近、光るビルの多いこと。
これもインバウンドを意識してのことでしょうか?

西洋的エレガンスにボロ穴を開けたコレクション

少女漫画のモチーフをプリントした
コムデギャルソンのワンピースを着ている人を見かけました。
昭和30年代に爆発的人気があった、大きな瞳に星が輝くタイプの少女の絵で、
高橋真琴の耽美的な作品です。
私も漫画を読み、便箋や封筒、ハンカチなどの高橋真琴グッズを集めていました。
とはいえ、いわゆる昭和の少女漫画のビジュアルは、
ファッション的ビジュアルと対極にあると思っていたのですが、
コムデギャルソンはなんなくそれをスタイル化してしまいました。

コムデギャルソンといえば、昔からファッションとアートが融合した
独自の世界を見せてくれる貴重なブランドです。
2018SSは、その高橋真琴の少女漫画モチーフを大胆に配した作品や、
野菜や果物を寄せ集めて描いた摩訶不思議な肖像画で知られる
ジュゼッペ・アルチンボルドのモチーフを配した作品などで、
相変わらずファッションが持つ創造力や可能性を見せてくれました。
近頃発表された2018-19FWも相変わらずダイナミックで、
異素材、異色、異柄の布が何枚も何枚も重ね合わされています。
まるでお相撲さんのコスプレの肉襦袢のようなボリューミーなトレーナーの下から、
繊細なレースを幾重も重ねたスカートが見えていたり。
種類の違うレースやフリルが何枚もモデルの体の上にうず高く盛り上がり、
着ているというよりまるでレースとフリルの塊が、
覆いかぶさっているようなドレスなど。
形はダイナミックだし、使われている布もミルフィーユのように重なり、
中には裁断後の布を積み上げてそこから首を出しているようにも見えるトップスなども。
とにかく、そのフォルムに感動するとともに、
どうやって着るんだろう?実際に着られるのか?
それより、川久保さんは本当に、これを着て歩いて欲しいと思っているのか?
など、考えてしまうデザインばかりでした。
もちろん、コレクションと実際の商品展開は異なることもあります。
にしても、ギャルソンの提案はいつだって胸を揺さぶられる力があります。

思えば、コムデギャルソンが、パリコレに打って出て、
「ボロルック」とか「動くアート」とか「西洋的エレガンスへの挑戦状」とか、
賛否両論を巻き起こしたのは、もう40年近くも前のこと。
パリコレが代表する近代のフレンチファッションは、
1858年にシャルル=フレデリック・ウォルトがはじめたオートクチュールが元祖です。
オートクチュールはいうまでもなく一握りの富豪の夫人や令嬢たちが、
高級車のような値段の注文服を作ることで成り立つシステム。
いわば夫人たちは、富豪の夫たちの資産によって、
美しく優雅で豪華に仕立て上げられていたのです。
それは夫たちのパワーの誇示でもあったかも知れません。
夫人たちも競ってより豪華な服を注文し、
その注文や欲望に答えるべく、デザイナーたちは、
技術やデザインや仕立てを競い合って、
結果的にファッションの技術や可能性がどんどん進歩していったのです。
そこにあるのは限りない欲望であったかも知れません。
美しい女性は、もっと美しく見られたいという思い、
もっとセクシーで魅惑的で、夫をはじめ男性たちから愛されたい。
彼女たちは攻めの姿勢であると同時に
限りなく受け身でもあったように思います。
そんなパリコレに日本から東風を吹き込んだのが、
コムデギャルソンでありヨウジ・ヤマモトです。
黒い服にたくさん穴の開いた服は、西洋的エレガンスの観点から見れば、
美しくもセクシーでもなく、ただ貧しそうなだけでした。
それ以前にパンクが登場し、穴の開いたTシャツやセーターなどのファッションはありましたが、
あくまでもストリートファッションで、パリコレには登場していませんでした。
かくして、女性が男性に美しさやセクシーさをアピールするための、
極めて野性的かつ人間的なファッションの市に、
ほとんどの男性が引いてしまうような、
ファッションを持ち込んだのです。
コムデギャルソンの服は、男性の財産と庇護のもとで、
エレガントに生活する女性のための服ではなく、
自分の価値観で行動する女性のための服でした。
それが、その昔「ゲイシャガール」と言われたほど、
受け身で女らしいと思われていた日本から発信されたことは、
とても興味深いことです。
次元が違うかも知れませんが、一時、渋谷に出現したヤマンバギャルなども、
男性から見た美しさやセクシーさをまったく度外視して、
自分たち独自の価値観で、あっと驚くメイクをしていました。
ああいう女の子たちが生まれるのが、まだまだ男性社会の日本から、
ということも、とても興味深いと思います。

ちなみに、ギャルソンのコレクションの中には
ものすごく女らしいフリフリドレスを身頃全面にプリントした、
シンプルなTシャツ型ワンピースというのもありました。
これまたブラックジョークのような作品です。

伝統を守ることと新しいものを生むこと。
どちらも同じくらい強力なパワーが必要なのだと思う、春です。

ブックカフェのセレクトショップ的役割


3月も早、半ばを過ぎました。
列島南部では桜の開花宣言も聞かれます。
とはいえ、暖かくなったと思えば、また氷雨が降るというような、
相変わらず振り幅の大きい天候です。

そんななか、この時季の楽しみは、桜はもちろん、
街なかで出くわす、さまざまな花々。
ボケや梅からはじまり、椿やハクモクレン、枝垂れ梅などが、
次々に開花して、冬枯れの景色に色を添えてくれます。
枯れた木々が天空に裸の枝を伸ばしているのも
なかなか渋くて好きなのですが、
やはりそこに花が咲くと、一気に春のエネルギーを感じて、
ウキウキしてしまいます。
仕事の合間、居心地のよさそうなカフェでひと休み、ついでに読書。
しばしのリフレッシュです。
本屋と見ると、ともかく入ってみるのも楽しみのひとつですが、
最近は街なかで本屋さんに出くわすことがあまりなくなりました。
どんな店でも、あってくれるだけでもありがたい。
と思える昨今。
「ああ、ここはいい本屋さんだ」と思える書店が、
ひさしぶりに行ってみると閉店していたということも多くて、
本当に寂しい限りです。
貼り紙を読むと「本が売れない昨今、なんとかがんばって来ましたが、
力尽きました」と書いてあった店もあり、
そういえばおじいさん・おばあさんの2人で店番してたっけ、
おばあさん、お釣りを間違えて多くくれちゃったときがあって、
慌てて返したら、あらまあ、そう?と恥ずかしそうに笑ってたっけ。
その様子を思い出して胸が痛くなりました。
全国の本屋さんは、ここ20年くらいで1万軒近く減っているそうです。
うちの近所の駅前に4軒あった本屋も、今は1軒を残すのみ。
両隣の駅には、なんと一軒もなくなってしまいました。
一方、SCなどではブックカフェが増えていて、
いつもヒトで賑わっています。
本屋さんがつぶれる原因はAmazonなどの通販サイトに押されて、という
のがメインと言われています。
ネットで本を買う理由は、近所の書店や、相当大きい書店にも
在庫がないものが、ほぼかならずあって、
最短その日、あるいは翌日には手に入る、という点。
そんな思いをして本を買う理由は?
読みたいから、あるいは資料で必要だから。
ネットでたいがいのものは読める、調べられる時代に、
紙媒体の本を欲しがる。
そんなヒトに限って本が好き、すなわち本屋が大好き、という率が高い。
つまり、本屋さんを殺しているのは、
ほかならない本好きや本屋好きではないのか?と私は思っています。
でも、読みたいと思ったら、すぐ読みたい。
この想い、どうしてくれよう。
幸い、うちの駅前には本屋が一軒だけサバイバルしています。
チェーン店でベストセラーと各種ガイドブックと
文庫と新書とコミックスしかないような
特色のない店ですが、それでもあってくれるだけでありがたい。
本屋で本を見る時間は特別なもの。
そして、本を読むということは、別世界を旅するということ。
旅費も宿泊費もいらないし、時空だって超えられる。
それは決して小説だけの話しではなく、
どんな本でも、その世界への旅という意味では同じです。
本屋は、その楽しみの入口を揃えたエリアみたいなもの。
どれが一番おもしろそうか、
たくさんある各入口から、奥のほうを覗くことができる場所です。

スマートホンが普及して以来、子どもの偏差値が下がったと
ニュースで言っていました。
そりゃあね、検索ワードさえ入れれば、一瞬で答えが出てしまう今の時代。
考える事や自力で四方八方手をつくして調べるとか、
ほぼ不要ですから、大人はもちろん、
子どもだって考えないようになっているのでしょう。
私たち一般庶民が、調べ物をインターネットで簡単に
安価に調べられるようになったのは、
20年くらい前からでしょうか?
今の子どもたちは手のひらのスマホやタブレットで世界を知る。
でも、そこから、より広く、より深い世界に行くかどうかは
その子次第であって、紙媒体との差はないようにも思います。
むしろ、もっと専門的にじっくり向き合いたくなったら、
書物にアクセスしようとするのでは?
ファッションも書物も同じ。
どう興味を持って、どこまで追求して楽しむか、ということに、
時代の差はないような気もします。
ファッションアイテムの入手は昔よりずっと簡単になって、
誰もがスタイリッシュなアイテムを素早く、
リーズナブルに入手できるようになったけれど、
借り物感があるヒトは、昔も今の時代も同じ。

10代でファッションに目覚めた少年少女が憧れるもの。
それは、身近なブランド・ショップやセレクトショップだと思います。
店長や販売員のカッコいいスタイリングを真似したり。
そうした「オシャレへの入口」みたいなショップが、
全国でファッション大好きさんたちを育んで来たのだと思うのですが。
これからは、オシャレなブックカフェがもっと出現して、
優秀な本のセレクトショップが増えて、
本大好きさんたちを育んでくれるのでは?
と期待を込めた予想を立てている今日このごろです。

土井縫工所では、
恒例の阪急メンズ大阪POP UP SHOPを開催。
めくるめくオーダーシャツの数々に、実際に触れてみたください!

●イベント期間:3月21日(水)~3月27日(火)

※詳しくは、土井縫工所Blog をご覧ください。

ファブリックと花を愛する男

街を歩くと冬枯れの景色の中、梅の花が咲き始めています。
春の兆しを感じると、わけもなくウキウキします。
季節を先取りする花柄や淡い色彩のアイテムを選びたくなる今日このごろ。

先日、ベルギーのファッションデザイナーの生活を追った
『ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男』というドキュメンタリー映画を観ました。
公式サイトによれば、
「孤高のファッションデザイナー“ドリス・ヴァン・ノッテン”。彼の創作の謎に迫る――
ベルギー出身の世界的ファッションデザイナー、ドリス・ヴァン・ノッテンを追ったドキュメンタリー。
世界のセレブリティやファッションアイコンから愛されているドリス・ヴァン・ノッテン。
パリのグラン・パレで開催された2015春夏レディースコレクションから、
オペラ座で発表した2016/17秋冬メンズコレクションの本番直後までの1年間、
これまで一切の密着取材を断ってきたドリスに初めてカメラが密着。
半年間の準備を経て開催されるショーの舞台裏、アトリエや刺繍工房などの創作の現場、
さらに創作活動を支えるアントワープ郊外の邸宅にもカメラが入り、
完璧主義者で知られるドリスの意外な素顔ものぞかせる。
監督は「マグナム・フォト 世界を変える写真家たち」のライナー・ホルツェマー。
ドリスの2014春夏レディースコレクションで音楽を担当したイギリスのロックバンド
「レディオヘッド」のベーシスト、コリン・グリーンウッドが本作で映画音楽に初挑戦している」。
というもの。
ヨーロッパの古典的な美しさをベースにしながらも、
現代ベルギーの研ぎ澄まされたモダン感覚で表現したアイテムは、
どれもみなためいきが出るほどきれいで上質でスタイリッシュ。
花柄や自然のモチーフがストライプや幾何学模様と融合する、
絶妙なテキスタイルの傾向や刺繍使い、レース使いなど、エレガントかつ魅惑的。
ヨーロッパ系ファストファッションのデザインソースがそこにあります。
一方、オリジナルを生み出すドリスは広告を打たず、スポンサーも持たない、
自身のクリエーションを追求するデザイナーの精魂かけた仕事ぶり。
ショーの舞台裏で誰もが走り回っているようなシーンでも、
ドリスは落ち着いていて静かなトーン。
若手デザイナーにダメ出しするときも穏やか。
少し沈んだ色調の映像によりそう環境音楽のようなBGMという、
静かな表現なのに、とてもエキサイティングな映画でした。
あれだけクリエイティブで繊細なドレスやメンズアイテムを創り上げるドリスの服装は、
いつでも普通のドレスシャツにノータイ、
クルーネックセーター、細コーデュロイやウール、コットンのパンツ。
シャツはホワイトや淡いグレーなどの無地か細いストライプ、
セーターはミドルゲージの無地でシンプルな定番デザイン、
パンツは腰回りにゆとりのあるシルエットのもの。
街なかですれ違っても、まずファッション関係の人とは思えないような、なにげないスタイルです。
映画の中に、彼の公私共にパートナーである男性が登場します。
休暇の際は郊外にある豪邸で、2人で料理をしたり庭から花を切ってきて邸内に活けて飾ります。
邸内はもちろん整然としていて、厳選されたモノだけが置かれていて、さらに、花瓶などは動かすたびに、念入りに位置をチェックし、1cm間隔くらいで置き場所を調整します。
いやはや、これ、やたらな人には到底相手はつとまらないし、よくぞよき伴侶が見つかりましたね、
と大きなお世話なことを思ってしまいました。
ともあれ、その2人の様子は、長年連れ添った気の合う中年夫婦のようで、
お互いへの思いやりや気遣い、敬いの気持ちを感じました。
ショーが終わり、舞台に出て挨拶を済ませると毎回ドリスは、袖で待ち受ける彼とハグ&キス。
毎シーズン、神経を注いで創造する苦労を思うと、
いい人がいてくれて本当によかった、と、またしても大きなお世話な感慨を抱きました。

ところで、ドリスの出身国であるベルギーはLGBT(同性愛や両性愛、性同一性障害)など、
少数派に優しい国で、2003年、世界で二番目に同性婚を合法化しました(世界初はオランダ)。
同国では前首相もゲイをカミングアウトしているとか。
社会の受け入れ体制も整っていて、
産婦人科の不妊治療などでは、「同性カップル」「異性カップル」と分けられていて、
それぞれのスペシャリストが対応しているのだそうです。
同性で不妊治療?と思われるかもしれませんが、つまり同性カップルが、
体外受精や代理出産などで、自分たちの子供を持つべく治療を受けるということ。
結果、パパ2人の家やママ2人の家、一見ママだけど実はパパな家とか、あるいはその逆という、
バリエーション豊かな家庭が生まれて、それでも子供たちは、当人も周りも、
それを自然に受け入れているのだとか。
LGBTに優しい国は、すべての少数派に優しい国でもあるのかも知れません。
世界を見渡してみると、イギリスはベルギーに遅れること10年、2013年から同性婚を合法化。
施行直後、世界的なアーティストのエルトン・ジョンが晴れて同性のパートナーと結婚したのも
当時、ニュースになりました。
最近、エルトンは引退を表明。今後は代理母を通じて授かった2人の子供と愛する夫との、
家族の時間を大切にしたいのだとか。
この2児の生物学的な父親はエルトンか夫か、明かしていませんが、仲良く1人ずつというところかも?
ちなみにエルトンの320億ともいわれる財産は、子どもたちに譲るつもりはないとか。
莫大な遺産を何もせずに手に入れては、子供たちの人生によくないという考えだそうで、
今から皿洗いをはじめ、身の回りのことは自分でするよう躾けているといいます。
エルトンママ、かなりの教育ママです。
ともあれ譲らないつもりの財産の行方が気になります。エルトン基金とか作るのかしらん。
米国では州によって同性婚が認められていて、ヨーロッパではフランスやオランダ、
ノルウェーほか15カ国くらいで認められています。
一方、日本国内では、渋谷区がはじめてLGBTカップルに「結婚に相当する関係」を認める、
証明書の発行を実施しているのみ。
種の保存や子孫繁栄ということを考えれば、同性愛が増えてしまうと大変じゃないの?ということで、
現行の法律が定められているのだと思いますが、
医学の進歩によって、エルトンのように同性婚の夫婦も実子=子孫を増やすことが可能になった現代。
それが神の摂理に反すると考える人や、自然の摂理に反すると考える人などもいましょうし、
一朝一夕に同性婚の合法化は難しいのかもしれませんが、
マイノリティに優しい=他者に優しい、社会になっていって欲しいとせつに願います。

春のスタイリングは「オックスフォード」で英国気分

列島のあちこちで歴史的な積雪に見舞われている今季。
例年になく冷え込んでいますが、街路樹の枝の先にはもう、
小さな実が膨らんで、春の開花を待っている様子。
自然のなりわいは、ヒトを勇気づけてくれます。

さてさて、この前新年を迎えたばかりだというのに、
2月ももう半ばにさしかかろうとしています。
昨年の新卒が、もはや後輩を迎える時期。
そして、今年の新卒の方々は、新入社への期待を胸に
準備されている頃では?
最近は男子といえどおしゃれな方が多く、
体に合っていないスーツを着ているヒトは昔ほど見かけなくなりました。
そんな今日このごろ、ではドレスシャツはどうでしょう?
この時期にワードローブに加えたいアイテムとしては、
オックスフォード素材のドレスシャツがおすすめです。

縦糸と横糸を複数本ずつ引きそろえて、平織りにした生地がオックスフォードです。
適度な厚みがあり、織目がはっきりしているのが特徴です。
厚いけれどソフトで、通気性がよくて丈夫。
そのためスポーティカジュアルなアイテムに用いられたり、
シャツの場合はボタンダウンに使われることが多い素材です。
とはいえ種類によっては光沢があってしなやかで品もあり、
上級のスタイリングが楽しめる素材でもあります。

もともと「オックスフォード」といえば、ご存知英国の名門大学の名称。
国内外の王侯貴族が学ぶ大学としても知られ、
日本の皇室からも皇太子殿下や秋篠宮殿下などが留学しています。
もちろん内容もトップクラスで世界の大学ランキングでも首位の常連です。
昔、スコットランドのある紡績工場が、
オックスフォード、ケンブリッジ、イェール、ハーバードの大学名を
生地の商品名につけて販売したところ、
それが人気を博してその名が定着したといわれています。
とはいえケンブリッジなどの大学名をつけた生地は、あまり知られていないので
オックスフォードだけが突出して支持されてきたのでしょう。

人気の秘訣は、素材の持つ品格もありますが、
スタイリングによってはシワがゆるされる生地といえる、
その自由度の高さにあるといえます。
着れば着るほど自分になじんでくるのがオックスフォードの特長であり、
タイドアップでジャケパンスタイルに用いれば、
ビジネスシーンに最適の頼もしさ。
洗いっぱなしでジーンズやチノパンに合わせれば、
オフシーンでスタイリッシュに決めてくれる。
そうした着回しのよさが、この素材の大きな魅力です。

春のきざしが見えるとは言え、リネンにはまだ早い、
でも、日によっては気温が高くなるときも。
そんな季節に最適な性質の素材でもあります。

また、この春のトレンドはイタリアンでもタイトで粋なラインが薄まり、
英国調のユルっとして素朴なラインが勢いをつけています。
ロンドンのシティを闊歩する若きビジネスマンのような、
ジャケットにオックスフォードのボタンダウンで
アイビーやアメトラのコーディネーションを。
こうしたアメリカンスタイルをヨーロピアンテイストで
コーディネートするのが、今、最も新鮮です。
あるいは、英国の大学教授の田舎の休日ルックのように、
シワや毛羽立ちのあるオックスフォードシャツにコーデュロイのパンツ、
レンガやマスタード色のカーディガンを合わせて、
ミルクたっぷりの紅茶を手に読書を楽しむ。

おしゃれ上級者からビギナーまで、
幅広く活躍してくれるオックスフォードは、
洗えば洗うほどに味が出る、スタイリングの強い味方。
しかもクールビズにもおおいに役立ってくれるのが、
タイを外しても個性的な存在感を見せるオックスフォードたるゆえん。
この春、ワードローブに迎え入れてみては?

●土井縫工所では、2/9(金)からオックスフォード・フェアを開催中です。

既存の4柄に加え、新柄も6種類が新しく加わりました。
フェア限定の生地も登場しているので、この機会にぜひ!!

*フェアの生地の色や柄などの詳細は、土井縫工所のブログ、
「WE ❤ OXFORD !! ~愛しのオックスフォードのシャツを求めて~」
をご覧ください。

ピッティ・ウォモで歴史とトレンドを見聞する


地球はほぼプチ氷河期に入っているという、
ショッキングな情報もあるほど、極寒の今冬です。
みなさまいかがお過ごしでしょうか?

この時期、SNSやブログなどでしばしば遭遇するのがPITTI IMAGINE UOMOの話題です。
通称「ピッティ」は、英国と並ぶメンズファッションのトレンド発信地、
イタリア・フィレンツェで行われる世界最大級のメンズプレタポルテの見本市で
毎年、 1月と6月にそれぞれ4日間、開催されます。
93回目となる今年は1/9〜13に行われましたが、会場がまた魅惑的。
日本で見本市の会場というと、晴海の東京ビッグサイトのような
ハイテク&モダンな建造物を想像しますが、そこはさすがイタリア。
終着駅であるサンタ・マリア・ノヴェッラ駅にほど近い、通称「バッソ要塞」がそれ。
1537年に当時フィレンツェを治めていたメディチ家の当主が高名な建築家に建てさせた、
文字通り要塞で、建設当初は中にお城も建てる予定だったとか。
この築480年の大建造物が現在は貿易展示場に使われていて、
約6万平方メートルの敷地内に複数の会場が設けられています。
ピッティの名称は、かつての会場がピッティ宮殿だったからなのだとか。
ちなみにこの要塞の近所にあるサンタ・マリア・ノヴェッラ薬局は
世界最古の薬局といわれる観光スポットです。
中世の世界に迷い込んだような歴史的ロケーションの中で、
メンズファッションの明日を示す見本市が行われるわけで、
まさにここでは過去と未来のカタチが共存しているという次第。

見本市にはイタリア国内外から約1000以上の、
有名無名、大小の意欲的なブランドが参加します。
来場者も世界各地から、バイヤーや報道陣が訪れ、
2017年は19,400人がバッソ要塞に集結したといいます。
ここに集まるファッショニスタたちを写そうと、
多くのメディアやブロガー、一般人も集まり、
スタイルを巡る熱い4日間が展開するのです。

出展アイテムはスーツやシャツはじめ、ネクタイ、靴、バッグほか、
ファッションに関する小物雑貨類のさまざまが出展されます。
会場はメインからサブまで大小複数が設けられ、
メインではクラシコイタリアなど、サブではデニムやカジュアル、
などといったスタイル別、傾向別、テーマの打ち出し別で展示会が分かれています。

そして、欧米やアジアのバイヤーの中でも、日本のビジネスはかなり大きいといわれ、
大手百貨店や主なセレクトショップがここで、
次期のトレンドの道筋を見据えながら買い付けているわけです。

もちろん土井縫工所も毎回、トレンドの動向をリサーチするべくPITTIを訪れています。
取引先のブランドが出展していることもあり、
毎回、会場に並ぶコレクションからトレンドを探り、
訪れる人達のコーディネーションにも刺激を受けています。

そこで、スタッフが見た今回の印象は、
英国のブランドのみならず、イタリアのブランドからも、
艶っぽいイタリアンラインが少し影を潜め、英国調が強くなっている模様。
仕立てやサイズ感もゆったりした感じで、
クラシックであったり、ビンテージ風であったり、少しカントリー調であったり。
素材も、ガンクラブチェックやグレンチェック、タータンなど、
英国調やスコティッシュテイストのもの、
またコーデュロイやフランネルなどカントリーテイストのものも
目立っていたといいます。
ツイードやヘリンボーンはじめ、ネップ、シルクシャンタンなど、
織地に特徴のある生地も今シーズン、よく目にした素材といいます。

色展開では深いオレンジやテラコッタ、マスタード、モスグリーン、
マスタード寄りの黄色、カーキや抹茶寄りのグリーンなど、
落ち着いた色目のもの。
傾向として、くすんだようなスモーキーな色合いがトレンドのようです。

デザイン的には、ビンテージやクラシカルなラインが目立ち、
あえて着用感のある効果を演出しているものなども。
また、小紋や幾何学模様などノスタルジックなパターンも打ち出されていたそうです。

肝心なシャツは?というと、
コーデュロイやフランネルなどを使ったサファリぽいものやウェスタン調、
ボタンダウンでアメリカンテイストなもの、
英国調のビンテージなプリント柄やチェック使いのものなど、
全体的にカジュアルスタイルが多い印象だったようです。

見本市には、各社、各ブランドとも、
張り切って、意欲的・挑戦的な打ち出しをしてくるもの。
とはいえ、実際にビジネスベースで売れるものは違っていたりするので、
ブランド側が見せたいものと、バイヤーが見たいものが
しばしば違っていたりすることも。
そんななか、高級ドレスシャツのメッカ、イタリアでも、
「最高峰のマシンメイドドレスシャツ」と称される、
高級シャツブランドの「FRAY(フライ)」のプレゼンテーションは
基本中の基本にして、ごまかしのきかない白いドレスシャツ。
そのプライドに心打たれます。

ピッティのあとはミラノに移動し、
おつきあのある参加ブランドのショールームにおもむいての商談や、
ミラノ界隈のショップでマーケティングを重ねた土井縫工所のスタッフたち。
今回のPITTIでの体験や見聞した次のトレンド傾向は、
今後の製品づくりに反映されていくはずです。

※ 写真は、上2枚がPITTIを訪れた人たちのスナップ。とくにダンディファミリーが圧巻!!
その下からはスタッフたちのスタイルと、街の光景。最後がスタッフ行きつけのリストランテのメニュー。
イタリアはウマイ!!


今年もよろしくお願いいたします。

迎春

本年もどうぞよろしくお願いいたします。
すでに2018年がスタートして、早2週間が経ちました。
日本列島は最強寒波に見舞われ、
アメリカも記録的寒波に襲われているといいます。
凍ってしまったイグアナが、木からボトボト落ちているとか。
一方、現在真夏の南半球は40度を超える記録的暑さで、
オーストラリアではコウモリの子の大量死が発見されたとか。
現地の温度はなんと47度、熱湯風呂の中で暮らしているようなもの。
コウモリの子たちは脳が湯だってしまったらしく
47度という環境がいかに自然生物に過酷かがうかがえます。
南極では氷が溶けてシロクマの居場所がなくなっているというし、
温暖化による異常気象は地球のあちこちで問題に。
今後はこの『異常気象』が異常ではなく正常化していくわけで、
50年後には地球の生態系が今とはかなり変わっていそうです。
たとえば恐竜が地球を跋扈していた約1億6千万年の間、
絶滅したのは、たったの16種くらいだったそうです。
時代を経て1975年から2000年までの25年間では年間平均4万種、
13分間に1種の生物が絶滅したそうな。
今この瞬間も、世界のどこかで、ある種の生物の最後の一体が、
永遠に地球から姿を消そうとしている。
もしもあなたが、未来の地球で人類最後の個体になったらどうします? なんてね。

そんなこんなの寒波の中。
過酷な環境をものともせず、世は年末年始のセール真っ最中です。
アパレルやインテリアのショップは大盛況。
それまで購入を迷っていた商品の在庫を見つけて喜び、
定価で購入したものが半額やそれ以下になっていてがっくり、
という悲喜こもごもがセール時期のお約束。
その一方、購入した商品に限ってセールで再会、
迷っていた商品に限ってセールに出ていない。
そのくやしさもお約束。

最近、グローバルブランドのメンズを見ると、
レディスと同じ花柄のスーツがあったりします。
パリコレなどのメンズのラインナップを見ても、
一瞬レディスかと見まごうようなデザインのものが多く、
どんどんモノセックスになっています。
デザイナーやクリエーターにとって、
メンズのアイテムは変化を加えにくいもの。
とはいえ、昨今のハイブランドは若返りを図って、
クリエイティブな若手デザイナーを起用しますから、
そんなデザイナーたちががんばってクリエイティビティを発揮しようとする。
そこで、ボトムがスカートだのアップリケ付きのジャケットだのという、
新境地を発表するのですが、それがどう見ても女の子のアイテム。
かつて欧米のメンズはデザイン傾向もモデルの傾向も
バリバリのマニッシュ感を打ち出していましたからその変化に驚きます。
ひょっとすると男性のフェミニン化は、
絶滅を防ぐための自然な流れなのかとも思ってしまいます。
なんといっても地球規模で男性より女性の方が長生きですから。

そんなこんなの戊年。
干支的には景気が良くなる年と言われます。
春には卒業や就職、部署の移動などを予定されている方もいらっしゃるのでは?
いえいえ、私は同じ場所で今年もがんばりますという方も。
いずれにしろ、新しい年があけて気持ちもあらたに。
そして、よい年になりますよう。

郷土料理とグローバルブランドを堪能


ついに今日は大晦日です。
年年、月日の経つのが早くなる、それがヒトの宿命です。
今年のお正月なんて、つい先月だったような。

年末に用事で福岡に行きました。
羽田から地方の空港に降り立つと、
それもまた旅の風情と楽しめるものの、
規模やアップデート度の差はあきらか。
ところが福岡空港に関しては、到着ロビーにいきなりあるのが、
地元感満載の古き佳き食堂とかでなく、おしゃれなカフェダイニングだったり、
TSUTAYA BOOK&CAFEだったり。
出発ロビーにあるフードコートも人気のニューヨーク風インテリアです。
空港から天神や博多などの中心地へは、地下鉄でたった10分程度でアクセスできたり、
東京にも勝る充実した内容のSCがたくさんあったり、
街は大勢のヒトで賑わっていて、
さすが九州を代表する中枢の街にして日本の四大都市圏のひとつとされるところです。

一泊の短い滞在で当日は天神を見て歩き、
用事を済ませた翌日に博多のキャナルシティに行ってみました。
キャナルとういうくらいだから運河のそばにあるんだろう、
くらいのことを思っていたのですが、
実際には建物の間を人工の運河が流れていて、
この時季はライトアップの効果もあり、
東京でもちょっと見ないテーマパーク然としたSCでした。
シネコンや劇場、ホテルやオフィスビル、SCからなる複合施設で、
90年代半ばのオープンとのこと。
建物のエクステリアやロゴからは、90年代ぽさがプンプン感じられます。
早い話し、そこらあたりはちょっと、ロゴだけでもそろそろ……
リニューアルしたほうが……と余計なお世話を考えてしまいました。
とはいえ、国内最大級のZARAや九州最大級のユニクロはじめ、
H&MやBershka、Franc Franc、無印など、
人気のアパレルやインテリアのブランドが揃っています。
とくに、H&MやZARAのようなグローバルブランドのショップを見ていると、
ショップの面積が大きく、海外からのお客さんも多いので、
日本の地方都市にいる感じがなく、どこか異国の街にいるような
不思議な感覚を覚えてしまいました。
これが福岡という街の個性なのでしょうか?
ともあれ、ファッションやアパレルのグローバル化を
改めて感じた旅でもありました。
今や、ことファッションや一部のインテリアに関しては
世界の先進国の嗜好はかなり一致しています。

そして、これに関してはやっぱり違うと思ったのは、
そう、食べ物です。
福岡では、どんなお店に入ってもおいしい。
海に近いので海鮮はもとより、麺類も美味。
これは福岡はじめ、どこに行っても思うことなので、
結局、東京の食環境がマズいのでは?ということかも。
もちろん、東京は世界中のおいしいものが集まる街だし、
世界三大料理の1つ、中華料理にしても、
世界で一番おいしい中華料理を出すのは香港か東京の店という人もいます。
なぜなら、中国で一番おいしい店の料理人は、
必ず香港か東京の店に引き抜かれてしまうからだとか。
その真偽は別として、確かに東京の店ではすべての料理が、
おいしいところは抜群においしいけれど、
そういうところはおしなべて高級です。
値段が庶民的でおいしいという店は珍しい。
だからこそ、そんな店は有名になって行列ができます。
どんな店に入ってもたいがいおいしい、というのが地方の食環境。
店によってはおいしい、というのが東京の食環境、という気がします。

マクドナルドはどこで食べてもマクドナルドだから、
ここだけは食もグローバル化しているかもしれないけれど、
それ以外はやっぱり、その土地ならではの味が根強い。
その土地の人の胃袋は、その土地の食で作られているから、
なかなかほかの土地の食を容認できない。
そこらへんがファッションとは違う、食の根強さです。
東京に世界中の食が集まるのも、
もともと江戸の町が、地方から入って来る人も多く、
プチ多国籍なところだったからなのでしょう。

その土地の名産とグローバルブランドのセール品をおみやげに買う旅。
そんな年末を迎え、今年も終わろうとしています。
今年一年、ご愛読いただきありがとうございました。
引き続き、来年もどうぞよろしくお願いいたします。
みなさまの2018年がよき年でありますよう。

エコファーとエシカルで冬を着る


街がイルミネーションでキラキラ輝く季節になりました。
心ウキウキ、でも寒い。
厚手のコートが欠かせない時期です。
現代ではダウンコートはじめ、
軽くて保温力抜群の高機能な化学断熱素材入りのコートが
いろいろ揃っているので、寒い季節もずいぶん快適になりました。
昔、ニューヨーク在住の友人が、毛皮のコートがないと、
あの街の冬は乗り切れないといっていたのが印象に残っています。
もう何十年も前にはじめて渡英した頃は、
ニューヨークより暖かく東京より寒いくらいのロンドンで、
毛皮を着ているマダム的な人がとても多く、
さらに、蚤の市などで大量に出ている古着の毛皮を着ている人は、
もっとたくさんいました。
かくいう私もキツネのハーフコートやストールを、
アンティークショップで買って着ていました。
当時はUKのロックミュージシャンもTシャツにジーンズ、
その上に古着の毛皮というのが冬のお決まりスタイル。
さらに、時代はまだワシントン条約が施行される直前で、
今ではとても持ち出せないような種の毛皮や皮製品も普通に流通していたので、
古着の豹皮コートさえ持っていました。

防寒に毛皮がお役立ちアイテムだった時代は終わり、
今や水鳥の羽毛や化学繊維が人類を寒さから守ってくれます。
絶滅危惧種の野生動物を守るためのワシントン条約のみならず、
次第に「自然保護・動物愛護」の機運が高まってきて、
とにかく動物の毛皮を剥いで作る毛皮製品は残酷という風潮になってきました。
(水鳥の羽毛はなぜOKかというと、これは羊毛のように、
生え変わる、つまり再生可能な素材だからでしょう)
今ではパリコレなどでも本物の毛皮=リアルファーでなく、
そっくりに造られたフェイクファーが使われています。
でもフェイクは偽物という意味なので、
これでは身も蓋もないということからか、
最近はエコファーという呼ばれ方をしています。
安くできてエコノミカルだからエコファーかというとそうではなく、
リアルファーより環境にいい、つまりエコロジカルなファーというわけです。

ファッションも環境を考えて成り立たせることが、
よりオシャレでスタイリッシュという時代なのですね。

そういえば、エシカルファッションという言葉も、最近よく見聞きします。
「エシカル(ethical)」は英語で「倫理的な」とか「道徳基準にかなった」といった意味。
その言葉の通り、道徳基準にかなって生産、流通されているファッションのことです。
それってどういうこと?かというと、
たとえば生産工程の中で誰かが劣悪な労働条件で仕事をしていたり、
アフリカなどの貧しい地域の人たちの生産物を搾取まがいに入手することなく、
フェアな工程と取引で生産されるファッションということ。
エシカルファッションでは、名のあるパリコレデザイナーなどが、
アフリカなどの貧しい地域の人たちに、まず技術を指導して、
さらに、そこにファッションアイテムの生産を依頼したりしています。
ただ支援するだけでなく、女性たちに手作業などのノウハウを教えて、
未来的にも職業として成り立つようにする。
地球規模で環境を整えるために役立つファッション、というのが、
エシカルファッションの考え方。
ハイブランドの服を着るというのは、そのオシャレ感もさることながら、
「これを着る自分」という満足感・優越感も満たされるもの。
それに加えて、環境にいいことを実践しているブランドの服を着ることで、
ボランティア活動に参加しているような、ある種の満足感を得られる。
それが今ドキの優越感につながるようです。

ファッションと環境がリンクする現代、
個人にとって究極の環境問題は家ということになります。
住居そのものはかんたんに変えられないけれど、
部屋の模様変えは簡単だし、マイナーチェンジなら服を着替えるくらいの気分でできます。
今やインテリアは、気に入っているファッションスタイルの仕上げのようなものです。

そんな中、「究極の家は服である」という考えのもと考案された服が、
先日「日本の家展」に出品されていました。
津村耕佑さんというデザイナーの考案した”FINAL HOME”で、
「『もし、災害や戦争、失業などで家をなくしてしまったとき、
ファッションデザイナーである私は、どんな服を提案できるか、
またその服は平和なときにはどんな姿をしているのか
こんな自分への問いに対し、形になったのが〜ナイロンコートです』
ポケットに新聞紙を詰めれば防寒着になり、
非常食や医療キットを入れるポケット付きで災害時には非難着になり、
マルチに役立つ服とのこと。
『FINAL HOME』というネーミングは直訳すれば「最後の家」ですが、
本作においては「究極の家」という意味を持たせているそうで、
存在を知らせるためのオレンジ・森に紛れるカーキ・都会に紛れるブラックの3色展開。
取説はコートの収納袋に記載され、機能的です。
このコートはリサイクル可能で、洗濯してショップに持っていけば、
被災者や難民の救済に寄付されるとのこと。
とりあえず、これを着て外出すれば出先で災害にあっても、
雨風はしのげて野宿も可能、という、
自分にも優しい、環境直結のファッションです。

「究極の家は服である」というフレーズから思い出すことがあります。
小学生の頃、寒い冬の朝に布団から起き上がるのがいやで、
布団やこたつに入ったまま移動できればいいのにと夢想した日々。
未婚やひとり暮らしが増加しているこの列島では、
そのうち家の形も姿を変え、ヤドカリのように小さなセル=個室を背負って
生きるようになるかも知れません。
その頃には、軽くて薄いのに人体を守るタフさを備えた、快適なセルができていそう。
フード部分が一瞬で広がってワンタッチテントになるような服かも。
これが本当のホームウェアでしょうか。

*画像は「日本の家展」に出品されていたときの「FINAl HOME」と収納袋です。

アフター5のシンプル&効果的なコーデ

最近、何回見に行っても長蛇の列で、ついココロ折れてしまうのが
上野の森美術館で開催中の「怖い絵」展です。
公式HPでの解説によれば、
「視覚的な怖さだけでなく、隠された背景を知ることで判明する恐怖まで、
『恐怖』をテーマに約80点の西洋絵画・版画を展示。
●「この絵はなぜ怖い?」その怖さを読み解くヒントとともに絵画を鑑賞!
●ターナー、モロー、セザンヌなど、ヨーロッパ近代絵画の巨匠による”怖い”作品もセレクト!
本展最大の注目作は、ポール・ドラローシュの大作《レディ・ジェーン・グレイの処刑》」とのこと。
そうしたシーンが西洋絵画ならではのリアルなタッチで描かれた作品のオンパレードで、
怖いもの見たさの人が私も含めどれだけ多いことか。
開催直後に行ったときは1時間待ちで、行列が苦手の私はそく挫折。
同じように観たかった「マジカルアジア展(国立博物館東洋館で開催)」に行ってしまいました。
次に「怖い絵展」にトライしたときはなんと3時間半待ちに膨れ上がっていました。
行列は公園の端の方まで伸び、木立に隠れて最後尾が見えないほど。
当然この日も挫折し、国立科学博物館で開催の「古代アンデス文明展」に。
おかげでアジアやインカの人たちの死生観をたらふく観るはめになりました。
どちらもミイラの展示が含まれ、古代の人たちにとって、
死は最大のイベントだったのだと再認識しました。
アジアでは人の死後は、グレードが上がったり神になったりすると考えられ、
インカでは人の死後はミイラになってそのまま生き続けると考えられていたとか。
家族のようにいっしょに生活し、服を着替えさせたりご飯をあげたりしていたのだそう。
怖い絵展よりずっと怖い展示物がありましたが、
いずれにしろ、古代の人達にとって死は現代よりずっと謎で、
恐れるあまり生は別の次元を生きること、と信じるよりなかったのでは?
と思いましたが、死のメカニズムが解明された現代でも、
人は大切な人の死を受け入れがたく、
いつも心に生きていると思う人が多いのでは?
何百年経っても、人の気持ちのはさほど変わっていないような……。

どちらの展覧会も「怖い絵」展の挫折組と見られる人たちで混雑していたのですが、
いずれにしろ上野は美術・博物館が集結しているので、
どこかで何かが見られる、ありがたいところです。
上野公園内は最近特設のイベント会場が作られていたり、
カフェが増えたり、数年前と比べるとプレイスポットとして飛躍的に進化しています。

そんなわけでいまだに「怖い絵」展を観られていません。
きっと、観ないうちに終わってしまうんだろうなあ、と予想しています。

最近、週末の金土は夜の8時頃まで開館している美術館が増えたのもありがたいことです。
昔は国立などの公的な施設は4時半に入館締め切りなんてザラでした。
会社勤めしている人は日曜日の昼間しか観に行けなかったのです。
5時や6時に仕事を終えてから美術館や博物館に行って、
2〜3時間楽しめるという、いい時代になってきました。

舞台も、7時開演というのが増えているので、
これまた仕事終わりに行けるようになっています。
演劇のメッカであるロンドンなどでは、8時開演という舞台も珍しくありません。
歌舞伎のように4時間くらいある舞台をほぼ一日かけて楽しむというのも
ココロ惹かれますが、そうそうできないリッチな遊びです。
やはり、週末の仕事終わりなどに、
気軽に展覧会や演劇、ライブが楽しみたい。
気分転換にもおおいに役立ちそうです。

そんなとき、気になるのがアフター5のスタイリング。
スーツで行っても別におかしくないし、
それなりにスタイリッシュなスーツも色々あるし、
というのも事実ですが、
「今夜は若い観客の多い舞台やライブだし、
ここはちょっとした変化が欲しい、
でもオフィスから直行で着替える時間がない」、という場合は?

●ネクタイを変える、またはタイを取ってスカーフにする

スカーフは夏場はコットン、冬は薄手のカシミアやパシュミナなどでカラフルなものを。
長さのあるものをクルクル巻くことで、スーツ姿でもビジネス感のない洒落っ気が出ます。

●チーフを遊び心あるものに変える

粋な大柄水玉や、トレンドの写実的な花模様など、普段より少し派手なタイプに変えてみては?
これならポケットから取り出してすぐチェンジできそうです。

●ジャケットを変える。
ちょっと光沢のある素材のもの、あるいはストライプ、思い切って最近のトレンドのミリタリー調?
パンツやシャツなどはそのままで、ジャケットを着替えるだけでいきなりスタイリッシュに。
あるいはジャケットを脱いでこれまたトレンドのカラフルなカーディガンに変えてもいいですね。

●タイピンやカフス、ラペルピンで遊ぶ

舞台やライブにちなんだモチーフのものにしてみるなど、
これまた気がつく人は気がつくおしゃれ。
アクセントやスパイス的なものにこだわって選ぶと、
スタイリングの仕上がりに奥行きをもたらしてくれます。

●スーツもコートもそのままで、靴下だけ思い切り派手にする
グレー系のスーツにネイビーやキャメルのコート、ローファーやウイングチップといった、
ベーシックでビジネステイストなコーディネートに、
花柄やダークなラメ使いのペイズリーなどの靴下をあわせる、
などという、気がつく人は気がつくというスタイリングは、
案外、遊び気分を盛り上げてくれるものです。

時間のないところで効果を生むシンプルコーデのテクニックは、
そんなところでしょうか?
ちなみに、観劇やライブ時は重くてかさばるコートは邪魔になるので、
そんなときのために軽目のダウンコートなどを持っていると便利です。
軽めのダウンなら無理矢理でも畳んでバッグにねじこめば収納できます。

などと、アフター5は、限られた条件下でファッションをアレコレ考えることになり、
そこにまた楽しみが加わるのではないでしょうか。

そういえば本屋さんで「これを読めばもう着るものに悩まなくていい」
というようなタイトルの本を見て、違和感を感じました。
着るものに悩む楽しみって、着ることの楽しみと同意語じゃないんでしょうか?
その楽しみを奪わないで欲しい、と思ってしまいました。
おおいに悩んで楽しんで、自分的コーデの達人になりましょう。

*写真は、上野の国立博物館資料館の夜景と、上野の森美術館横に掲示された「怖い絵」展の看板。