師走のスパイス


いやはや、なんともう大晦日です。
今年は3月のあの震災以来、被災地の方はもちろん、
暮らしへの意識が一変した、という人も多いのでは?
具体的には多分日本中で、防災意識が高まったとは思うけれど、
精神的なことでは、当たり前のことが当たり前ではなくなったような感覚。
だから、毎日を大切にしなくちゃと思いつつ、
結局バタバタと日々は過ぎて行きました。
年末に貰った仕事のメールで笑ったのが、
「昨日はドタバタとしておりまして、返信が遅れ申し訳ありません」
それ、普通は「バタバタ」じゃありません?
それすらビジネスメールで使うのもナンかと思うのに。
もうそのドタバタぶりが如実に伝わって来ますが、大丈夫か?この人、
という師走です。
まったく、カレンダーで12/31が最後の日と決めたからといって、
なんでこんなに忙しい思いをしなくちゃいけないいんでしょう。
大掃除、お正月の食材の買い出し、鏡餅やお花や松飾りの用意。
これを大体2日間くらいでやろうというのですから超ハードです。
じゃあ、もっとはやくからやれという感じですが、
仕事納めが29日、という人も多いはず。
結局、2日間でバタバタするというのが恒例です。
昨日は、玄関やキッチン、バストイレなどの掃除が終わると、
自分の部屋の掃除にかかれたのがもはや夜。
フローリングを拭きながらテレビを付けていたら、
「踊る大捜査線」の劇場版をやっていました。
このドラマ、来年公開の映画で有終の美を飾るそうです。
思えば「青島刑事」ももう40代半ば。
15年続いたという超人気ドラマですが、
「都知事と同じ青島です」というセリフも、今は使えないし。
青島さんが都知事であったことも、すでに遠い遠い過去という気がします。
そんな時代から(すでに連続ドラマではないにしろ)続いているのですから
設定も色々不自然になって来ます。
気になる同僚のすみれさんとの仲も、
もう40代の美男美女というと、両者独身だけに、
人にはいえない特別な事情でもあるのかと思えてしまいます。
そういえば室井警視監も独身だ。なんなのみんな揃って。
そんな「踊る・・・」といえば、織田裕二扮する青島刑事のパーカ。
元々はアーミーコートで、
’50〜60年代にモッズの男の子たちがファッションに取り入れて、
60年代後期にはヒッピーにも人気のあったコートです。
モッズといえば、テーラーメイドのスーツを競って着こなしたことで知られます。
タイトなスーツに小さめの襟のシャツに細身のタイ。
ループタイやアスコットタイなんかもコーディネートされました。
その後、モッズは定番ファッションのひとつとして定着して、
日本でも、一部には根強いファンがいて、
老舗のビスポークテーラーのお得意さんだったりするようです。
モッズを着こなしたバンドといえば、リアルタイムではThe Who。
彼らは60〜70年代に絶大な人気を誇ったロックバンドで、
ロンドンの下町出身。
日本でも上映された「さらば青春の光」というモッズ映画、
というより少年期の切なさや危うさを描いた青春映画の秀作は、
The Whoのリーダーが原作を手がけたものでした。
この映画はポリスの頃のスティングも出ていて、
光り物のモッズスーツを着た彼はスーパーカッコよかったです。
そういえば当時を知るイギリス人評論家が昔書いていたけれど、
「The Whoに比べるとビートルズはいわば田舎から来たバンドで、
なんだかダサかった」んだそうです。
モッズスタイルのミュージシャンとしてほかには、
80年代のUKではスタイル・カウンシル、
日本ならミッシェル・ガン・エレファントなんかが思い浮かびます。
そんなキメキメで、ある種ドレッシーなスーツの上に、
戦闘服たるアーミーパーカを合わせる。
しかもシルエットはダボダボでユルユル。
そんな風に両極端を合わせたアンバランスなコーディネート。
それこそファッションをよりおいしくしてくれる「スパイス」といえます。
70年代初期にイタリアのメンズファッション誌の、
パーティの紹介記事かなんかで、
とあるファッションディレクターがタキシードの上にダッフルコートを合わせていて、
それがめちゃくちゃカッコよかったのを覚えています。
「え、それしかなかったの?」と誤解されず、
「さすが!」と思わせる着こなし的説得力が、この際必要ですが。
あるいは、ジーンズにオペラパンプス(男性の礼装に合わせる靴)を合わせる、
なんていうのも、80年代に流行ったスパイシーなコーディネートです。
ロンドンの地下鉄で見た男の子は、かなり純度の高いカシミアコート、
しかもベージュというオーソドックスなカラーチョイス、
しかもグレーフラノのパンツに、
ダークブラウンのスエードのスリッポン、ラインはセリーヌ風。
そんな正統派かつ優雅ないでたちに、なんと靴下が、
ヴィヴィアン・ウエストウッドでした。
しかも超ど派手な柄、おまけに靴下素材でなく、
一時期作られていたカットソーのもので、
つまりTシャツ素材で平面的に作ってあるから、
履くと普通の靴下みたいに足にフィットしないし、
足のあちこちに不具合が出て、シワ・タルミのオンパレード。
しかも靴の中でよじれるという履き心地最悪のものでした。
(私も3足持ってました)
でもテキスタイルがいかにもヴィヴィアンという柄で、
ファンにはたまらない魅力溢れるアイテム。
それを、オーソドックスなコーディネートに取り入れている。
こういう遊びがファッションの醍醐味かと思います。
とはいえ、履き心地の悪い派手な靴下はあまりおすすめできないし。
ここはひとつ、個性的なカフリンクスでスパイシーなおしゃれを楽しんでは?
小さなアイテムだから、主張し過ぎず、でも自分なりの感覚を伝えるのには、
最適のアイテムかも知れません。

さて、今年も残す所あと数時間。
新しい年が皆様にとって喜びに満ちた、よき年でありますように。
来年も、どうぞよろしくお願いいたします。

*画像は「さらば青春の光」のサントラ盤ジャケット。
自慢のパーカスタイルの主人公。これでベスパに乗って出かけます。

レトロなラウンジで未来を思う

西新宿の京王プラザホテルで、
取材中、素晴らしいモノを見つけました。
籐のアームチェアです。
丸っこい卵のようなこのデザイン。
これがデザインされたのは1960年。
今から半世紀も前のことです。
デザイナーは剣持 勇。
渡辺力や柳宗理と並ぶ日本を代表するインテリアデザイナーで、
1950年代や60年代初期に、
彼らといっしょにジャパニースモダンの基礎を作った人です。
これはもともと、1960年にオープンした、
ホテルニュージャパンのためにデザインされたラウンジチェアでした。
ちなみに今はなきホテルニュージャパンは、
オリンピックを目前にして建てられた、日本初の都市型多機能ホテルです。
この椅子は日本の伝統的な職人の技を活かして作られたもので、
1脚編むのに10時間もかかるのだそうです。
・・・と、記憶していますが、
逆に、え?10時間でできちゃうの?職人すげー!!!
と思ったものでした。
このラタンチェアは世界の優れたデザインを収蔵している、
ニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久保存品なのだそうです。

京王プラザホテルは1971年オープンで、
館内にはいたる所に60年代のモダンデザインの名残が見えます。
71年というと、デザインの最先端はもう少し宇宙的かつ無機質な、
近未来カラーが強かったと思うけれど、
あえて60年代的ナチュラルで有機的なフォルムを採用しています。
そのおかげで、今なお、古くさくなっていないのです。
レトロな香りはしつつ、今、時代は巡って、またコレが新しい。

中でも3階のカクテル&ティーラウンジは、
まさにミッドセンチュリー風な雰囲気です。
今最も注目のレトロテイスト。
まるで近頃オープンしたばかりのデザイナーズホテルかカフェのよう。
しかも椅子もソファも座り心地がよくて、
お気に入りの場所になりました。
過去と現在が混在するラウンジで、未来を思いつつ、
外の並木を眺めながらお茶を飲み本を読み。
しばし、せわしなさから解放されます。
といいつつ、スマホでメールチェックする自分。
さあ、明日から12月。
駆け足で冬がやって来ます。

写真上・籐のアームチェアはホテル2階の「新和食 かがり」という店の、
ラウンジにあります。
下・同じく3階のカクテル&ティーラウンジ。イマドキ最先端カフェ風。
60年代のモダンテイストを受け継いだ71年生まれのインテリア。
カーペットの柄もいい!

空港テーマパーク

仕事で羽田国際空港のレストラン&ショッピング街に行ってきました。
この施設はすでにオープンして1年。
空港利用以外の来客が落ち着いてきた頃です。
スカイツリーに人気を持って行かれてるのかも知れません。
ライバルはまだオープンしていないのに。
とはいえ、最近もテレビではよく取材されています。
レストランやショップの並ぶ4階フロアが、
江戸の町並風になっているので、絵になるし、
どことなくテーマパーク風です。
そしてターミナルビルの建物そのものは骨組みが見えるとてもモダンなデザイン。
建物5階分が吹き抜けになった開放的な空間の下に、
江戸的風景がはめ込まれているのです。
レトロな家並の上に超近代的な骨組みの天井が広がっていて、
そこが逆になんとも近未来を思わせます。
未来なのに何故か風景や人のスタイルは江戸時代というような、
ある種のアニメのような別世界観が体験できるのです。
ショップやレストラン街は建物の4階と5階にあり、
4階は古き佳き日本のたたずまいの「江戸小路」で、
レストラン18軒と物販15軒が軒を並べます。
5階は現代東京がテーマの「TOKYO POP TOWN」で、
今や日本を代表するもののひとつであるアニメのグッズや、
世界のアイドル、ハロー・キティなどのキャラクターショップや、
アパレルメーカーがプロデュースする今ドキな生活雑貨など、
ショップ8軒とカフェ2軒が並んでいます。

さらに、空港でははじめてというプラネタリウムもあり!
そして、やはり空港ならではの忘れてならないポイントが、展望デッキです。
屋内と屋外の双方に、広いデッキが設けられていて、
待機中の飛行機が心行くまで眺められます。

一応すべて回ってから4階にあるカフェでひと休みしました。
出発ラウンジのすぐ上にあり、壁面がすべてガラス張りの建物ゆえ、
窓外にモノレールと、晴れた日は陽光に輝く海が見えます。
そして吹き抜けの眼下には搭乗手続きのフロア。
ここでお茶を飲んでいると、そのままチェックインして、
どこかに飛んで行ってしまいたい衝動にかられます。

1978年に成田空港が開港するまで、羽田は長い間、
国際空港として日本の玄関口の役割を担っていました。
私が初めてイギリスに行ったのも羽田から。
当時は海外遊学そのものが珍しかったので、
誰かが海外に行くとなると、親や友人、親戚まで空港に見送りに来ることもザラ。
自分が行く時や友達の見送りの時もみんな集まって、
国際線の出発ラウンジの二階にある喫茶店で、
ワイワイやっていたことなど思い出してしみじみしました。
私も友達も、親すらも、そしてトーキョーすらも若くて、
この世に怖いモノなんてなくて、なんでもできると思っていた時代。
あの未知数加減からすると、自分も年や経験を重ね、
日本のみならず世界の可能性も、ある意味、先が見えてきています。
そしてあの頃の羽田から見れば、遠い遠い場所だった海外の国々への距離が、
近頃は実に縮まったと感じます。感覚的には地続きのような。
島国日本にとっては、それは確かに新たな可能性なのだと思います。

そんな、遠い遠い日々を思い出させてくれる羽田空港は、
ご存じのように30年ほど国内線メインの空港でしたが、
昨年からはプチ国際空港として見事帰り咲いています。
とはいえ、フライトインフォメーションを見ると、
ほぼ東南アジアや中国行き。
あとはアメリカの一部とヨーロッパはパリとロンドンのみで、
しかも本数は少ないようです。

建物の頭上を見あげると、天井は一定間隔で切れ目のようなものがあり、
そこから日差しが降り注いでいます。
TIAT(東京国際エアポートターミナル)の広報の方にうかがうと、
このビルはエコ仕様で、雨水や地熱利用など環境に配慮してあり、
照明も省エネ対策で出来る限り自然光を取り入れるように設計されたのだとか。
ちょうど晴れた日だったので、建物内はまぶしいほどの明るさに満ちています。
さらにこのターミナルは随所にユニバーサルデザインが施され、
搭乗ゲートから飛行機に乗り込むまですべて
世界初のバリアフリーになっているのだそうです。

最先端の入れ物(建物)の中に、
江戸の町並を取り入れた国際空港。
現代ニッポンの模索がここに現れているような気がしました。

photo
左・江戸の町に近未来の空が広がる
右・カフェから見た出発ラウンジ

快適オンラインショッピング

今年は11月の半ばを過ぎても、冬とは思えない気候が続いています。
昨日なんて長袖Tシャツに薄手のコットンジャケットだけで自転車に乗って、
夕暮れ時に疾走しましたが、寒さを感じませんでした。
それでもさすがに、すっかり葉を落とした街路樹なんかを見ていると、
冬はもうそこなんだなあと、ちょっと寂しい気持ちになります。

先日、冬に備えてムートンのブーツが欲しくなりました。
ただ、ムートンブーツは甲の部分が丸くて大きい、
ドナルドダックの足くらい大げさなデザインのモノだと、
かわいさ100倍なだけに、年齢制限がありそうです。
色々検索してみたら、ミネトンカというモカシンブランドの中に、
大人が履いてもおかしくない感じのものがありました。
ちなみにミネトンカは1946年創業のアメリカの老舗メーカーです。
原住民であるアメリカインディアンたちが昔から作っていた伝統的なモカシンを、
今も同じ製法で一足ずつハンドメイドで仕上げているのだそうです。
別名インディアンモカシンと呼ばれ、
足を保護するために一枚の革で包みこむように作られている、
足に優しいナチュラルな靴です。
そして私が選んだのは甲の部分のラインが控えめで、
普通のバックスキンの靴のような感じです。
さっそく購入して履いて見たら、まあ、本当に心地よいこと。
足に軽く吸い付いついてくるような感触は、
さすが天然素材ならではという感じがします。
靴を履いていると言うより、野生の生物に足を包まれているような快適な感覚です。
インディアンと靴の、ある種、官能的な関係に思いを馳せてしまいました。
一方日本人が生み出した履き物は下駄や草履、わらじ。
どれもが足の裏には堅い感触です。
わらじは下駄や草履に比べれば比較的ソフトですが、新品は堅い。
足の裏にソフトなものを選ぶ感覚と堅いモノを選ぶ感覚。
これは気候風土とも大きく関係しているのでしょう。
アメリカ原住民が住んでいた北米は雨が少なく乾燥していたのでは?
梅雨の時期があって夏は蒸し暑い多湿な日本では、
やはり下駄や草履の感触が足の裏に心地よかったのかもしれません。
一方、北米の草原や岩肌などを歩くのに、下駄や草履じゃ無理そうです。
モカシンの履き心地を味わいながら、あちらとこちらの違いを思ったのでした。

で、このブーツ、オンラインで購入したのですが、
今回は紆余曲折がありました。
香川県高松市にあるオンラインのインポート専門店に注文して、
翌々日届いたのでさっそく履いて見たら、ちょっと小さい。
というよりジャストサイズなのですが、ムートンのブーツは大きいほうがかわいいしね。
なので、ひとつ大きいのに交換して貰いましょ、と思ったら、
なんと2日間ですでに在庫ナシ。
で、2番目に気に行っていたデザインのも、3番目のもすべて売り切れだったので、
結局返品することに。
ラッキーだったのは、相手のレスポンスがいちいち早くて、
メールの文面もシンプルで明快で感じがよかったということです。
また何かあったら、ここで買いましょと思いました。
そして、キャンセルが成立した直後に運よく別のショップからメルマガがきて、
なんと偶然にも私の欲しかったブーツの再入荷のお知らせでした。
さっそく購入。
やと出会えたなあという感じです。

そんなわけで、オンラインショップヘビーユーザーの私です。
シメキリに追われて忙しい、欲しいモノを買いに行けない、
晩ご飯の食材さえ買いに行く時間がない、そんな日々が続くと、
ついポチっと押してしまいます。
CDやDVDは主にAmazonです。
翌日届くし、電車に乗って輸入CD屋に行くより早い、国内盤DVDはどこより安い。
そういえば、どこにも売っていないDVDを探しまくり、
結局九州の小倉にある小さなショップから買ったこともあります。

生活雑貨もよく買うもののひとつ。
もちろん時間があれば東急ハンズやデパートの家庭用品コーナーに行って、
自分で色々手に取って選ぶという、
それもまた楽しみだったりするわけですが、
シメキリに終われて時間がない時に限って、大根をおろすはめになり、
硬い大根に癇癪起こして怒鳴りつけたりするような時、
パソコンで「簡単 楽々 大根おろし」とか検索して注文すれば1〜2日後には
「はいはいもう大丈夫ですよ、お任せください」といわんばかりに、
スイスイ楽々なおろし器が家に届いて生活が一変!ですから。
そりゃあ便利なものです。
送料も交通費よりはおトクです。

お気に入りの紅茶はなかなか手に入らないフランス製で、
これもオンラインがもっぱらの購入先。
ロシア王室御用達の紅茶商が、革命後にフランスに亡命、
今はパリのたった1軒のショップでのみで販売しているという紅茶です。
昔、友人のパリ土産に貰って以来、ハマってしまったのですが、
とにかく東京での扱いがないに等しい。
ディーン & デルーカという輸入食品屋さんの、
私の知る限りでは渋谷店か品川店くらいでしか扱っていないのですが、
お気に入りのフレーバーはそこにすらしばしば在庫がないという。
ネットの紅茶専門店に時折出ますがとにかくお値段が高級。
そこで検索をかけたら国内や海外在住のアマチュアの、
バイヤーさんが集まっているサイトに在庫があってソク買い。
輸入ものがリーズナブルに購入できて送料込み。おトクです。

パソコン関連のアイテムもほぼネット注文です。
以前、フラットパネルのMacを使っていた頃、
メモリー専門店でメモリーを買ったものの、
増設がうまく行かなくて電話でコツを聞いたら、
「このまま待ってますから、やってみてください」と言ってくれるではないですか。
「大丈夫ですよ、慌てないでいいですから、ゆっくりやってみて」
と装着できるまでずっと指導してくれて感激したことがあります。
オンラインと言っても、やはり人と人とのつきあいに変わりはないと思います。

長いつきあいといえば、財布は同じデザインのイギリス製のものをずっと使っています。
レシートやカードでパンパンになっても大丈夫だし、デザインもいいので。
毎年素材違いが出るので、2〜3年に一度新しくします。
これはロンドンにある日本のオンラインショップでずっと購入しているのですが、
メルマガのロンドン便りを読むのも楽しみだったりします。

ひとつ気がとがめるのが、本をついついAmazonで買ってしまうこと。
うちの近所には比較的大きな本屋さんが2軒あるのですが、
それでも昔ほど在庫を抱えなくなっているので、
私が読みたいと思う本はなかなかありません。
そういえば20年前に出版された本を
どうしても読みたいと思ったのですが、すでに絶版でした。
Amazonで探したら古書店から出ていたので、さっそく注文。
神田の古本屋街を1日さまよって探すのも楽しいイベントですが、
ネットなら仕事の合間に5分もあれば結論が出ます。
こんな便利さを甘受しているうちに、
チマタから本屋さんがどんどん消えてしまいます。
本屋さんが大好きで、本がたくさん詰まった本棚に囲まれていると、
ワクワクするタチなので、本屋さんの実店舗がなくなるのは寂しい。
そう思いつつもAmazonで買ってしまう本好きの矛盾。

せめて雑誌は、近所で一番小さな本屋さんに行く様にしています。
ほぼ雑誌しかないような、小さな小さな本屋さんです。
それでも、私が高校生の頃はフランス文学の文庫本を普通に並べていたのに。
今では単行本や文庫本はベストセラーやノウハウ本のみです。
しかもそこのおばちゃん、おつりを間違えて多くくれちゃったりするのです。
「おつり、多かったですよ」と返すと、おばちゃんは、
あらあらごめんなさいねと謝ります。
多くくれたのにねえ。
買い物するたび、
応援してるから、店を続けてくださいね、と心の中で祈っています。

エル・デコな夜

10月も終わりにさしかかり、世間はカボチャのオンパレードです。
夜はすっかり肌寒くなってきました。
そんな10/28の夜、エル・デコという
インテリア雑誌が主宰しているデザインアワードの、
授賞式のパーティーに行って来ました。
世界25ヶ国で発行されているエル・デコの編集長たちが選ぶ、
「エル・デコ インターナショナルデザインアワード(EDIDA)」というのがあって、
毎年ミラノ・サローネで発表され、デザイン界のアカデミー賞とも言われています。
ミラノ・サローネというのは、毎年イタリア、ミラノで開催される、
世界最大級のデザインイベントです。
複数の巨大な展示場で国際家具見本市や
国際インテリア・小物見本市などが開催され、
世界各国の企業やデザイナーの作品が出品されます。
その会場のひとつで、エル・デコの編集長たちが発表するのがエル・デコ賞の大賞。
世界の代表的なインテリア雑誌が「ワタシタチハ、コレガ、イチバン!」
と決めるわけですから、全世界で注目されることになります。
そんなエル・デコ大賞に向け、日本の代表を決める前哨戦が行われたのです。
昨夜はノミネート13部門が発表されその授賞式が行われました。
会場は、東京・神宮前の「アウディ フォーラム 東京」。
原宿と渋谷の中間くらい、明治通り沿いにそびえるガラス張りのビルです。
2階のギャラリーには、2011年で最も優れた家具やテーブルウェアとして、
選出された作品が展示されています。
授賞式は1階奥に設けられた特設ステージで19時から行われ、
最初は日本人の若手デザイナーに贈られる、
「エル・デコ ヤングジャパニーズタレント」の発表。
さらに、家具やベッド・寝具、チェア、テーブルウェア、
照明器具、ファブリックなど全13部門の優秀作品が、
続々と発表されていきます。
印象に残ったのは、アウトドア部門で受賞したカッシーナの「LC3 outdoor」。
LC3はル・コルビュジエが1920年代にデザインした、
彼の代表作にして名作家具中の名作。
1世紀近く昔のものなのに、今だにウルトラモダンという驚異の作品です。
そのLC3を、風雨に耐える素材で作ったから、
庭に置いて野ざらしにしても全然平気よ、というのがこの椅子。
この名作家具をテラスや庭に置く生活って・・・、と思ったのが、
印象に残った主な理由です。すみません。
次にエスタブリッシュ&サンズのマンモスというタペストリー。
これは、フィンランドのデザイナー、クラウス・ハーパニエミの原画を元にしたもので、
彼は近年、伊勢丹のクリスマスのウィンドウディスプレイを手がけている、
とても不思議な絵を描くヒトですが、
このタペストリーもマンモスのまわりをプテラノドンが飛び交って、
火山が噴火して隕石が降りまくっている、
という光景が美しい織物になっているという不思議な世界。
あとはPorroというイタリアのメーカーの、Shinというベッド。
シンプルな枠に快適そうなマットレス、
そしてヘッドボードが厚みのあるクッションになっている、
これは今まで見たことがありません。
寝ている間に知らずにヘドバンしても、これなら大丈夫。
これだけで、睡眠不足の人々はこのベッドに吸い寄せられてしまいそう、
というくらいきもちよさそうな作品でした。
ところで、日本ノミネートとはいっても、
必ずしも日本人によるデザインや日本のプロダクツというわけではないんですね。
日本のエル・デコはこれを推薦しますというニュアンスで、
土俵はグローバルなわけですね。
さて、来年度のミラノで選出されるエル・デコ大賞はどうなるのでしょう?
2009年の大賞では日本の吉岡徳仁さんがデザイナーズ・オブ・ザ・イヤーを受賞しています。

ともあれ、やはり芸能関係の式などと違って、
デザイン関係の式はいたって地味です。
発表する方もされる方も淡々と粛々と進めていきます。
間違っても「○○賞、●●さん」と言われたとたんに「イエー!!!」
とWピースで飛び上がる人とか、カメラマンに変顔してキメる人とかはいません。
もちろん、会場を埋め尽くす人々も、デザイン関係のヒトたちがメインなので、
各作品が発表されても秩序正しく拍手するのみ。
そんなわけで、明日のデザイン界を担うヒトや作品にまつわる祝祭の夕べは、
平和で穏やかなうちに執り行われたのでした。
日本ノミネート13部門の対象作品は11/3まで、アウディ フォーラム 東京の、
2階に展示されるとのことなので、興味があるヒトはぜひ。

ところで、いっしょに行った土井縫工所のD氏のジャケットの襟に、
なんとチャーミングなピンバッジが!
昨今、国内外のメンズファッション誌で、ジャケットの襟に生花や、
花のコサージュや、かわいいブローチなんかを付けているスタイリングをよく見かけて、
メンズファッションもいろいろ可能性が広がっているなあと思っていたのでした。
でも、やっぱり生花やコサージュなんかは、新郎でもない限り、
やたらに手が出るものではないし、
と思っていた所にD氏のピンバッジ。「これこれ!」と思ってしまいました。
モダンにデザインされた花が厚手のフエルトで作られています。
シンプルでベーシックなジャケットに合わせている所もいいです。
これはサンプルとのことですが、
仕事場からちょっと華やいだ場所に行く時なんか、
おすすめのスタイリングかと。

摩天楼の空

秋もすっっかり深まってきました。
街を歩けば金木犀の香りが風に乗って漂ってきます。
この香りは、嗅いだとたん、胸の奥の弱い場所をつんと差してくるような、
どこか切ない感じがあります。
陽も短くなり、これから冬に向かおうとする時期のせいでしょうか?

仕事の上ではもはやすっかり冬です。
出版物は一ヶ月以上、時間を先取りなので、
真冬やクリスマスを意識した特集の撮影などが続いています。
先日は、ホテルで過ごすクリスマスというテーマの撮影がありました。
なんと、夜景の美しいホテルでの一泊プランに超豪華ジュエリー付き。
男性から奥さまやパートナーなど大切な方へ、
日頃の感謝を込めてクリスマスの贈り物をしたい、
でも、プレゼントを探している時間や、何を贈ったらいいか、
よくわからない、という方のためにホテル側が超豪華ジュエリーもご用意します、
というプランで、宿泊費はジュエリー込みで平均大卒初任給くらいの金額。
夜景を眺めつつ、ホテルセレクトの豪華ジュエリーを贈られる人生って、
どんな感じでしょう・・・。
その女性の悲喜こもごもを妄想してしまい、軽く小説1本書けそうな気がしました。
撮影スタッフの中に豪華客船の仕事に関わっている方がいて、
その方いわく、客船でのクルージングはつねに人気で、
相変わらず陰りはないとのこと。
そういえば、母のお友達(最近豪邸を新築・超セレブ)が、うちにいらした時に、
日本茶を出したら、その器がものすごくお気に召したらしい。
形はきれいだけれど、粉引きの、なんということはない湯飲み茶碗。
で「これ、どこでお求めになったの?」
と言われたけれど、私はしょっちゅうどこかで、
器を買ってしまう奇病に取り憑かれているので、
どこで買ったものか思い出せない。
銀座和光で、とか言えればカッコいいのだけれど、
多分、どこかのデパートのワゴンか特設会場の陶器市だよな〜としか思い出せない。
私はかなりヘビーな器マニアなので、きちんとした値段の物を買っていては、
とっくに破産しております。
だから、自分流ルールを設けていて、
「ひと目で惚れほどカッコいい、ほかの食器と喧嘩しない、普段使いができる」
の3点をクリアした上で最後の大問題「お求め安い!」をパスしないと、
購入しないことにしている。
高くていいのは当たり前。リーズナブルなプライスでカッコよくて使い勝手がいい。
これです。
で、母のお友達のご婦人は「これ本当に素敵ねえ、こういうの、ずっと欲しかったの。
どこのお店だったか思い出したら教えてくださいね」と、
その器を抱きしめて、熱いまなざしを注ぎながらおしゃったのでした。
その時私は、こうした方々が百貨店の外商の顧客であらせられるのかと思ったり。
いいもの、洒落たものが欲しい、でも、自分でアレコレ発掘して歩くのは苦手。
誰かにおすすめされたい、おいくらでも結構よ、
という富裕層ターゲットの企画が、そういえば最近目立ちます。

撮影は西新宿にあるホテルの42階にある超高級客室で行われました。
一般の客室ではなく、カードキーを持っていないと、
泊まっている部屋のフロアにエレべーターが泊まれないし、
チェックイン・アウトも一般用とは別の専用フロントで行えます。

西新宿という副都心は、1971年の京王プラザホテルのオープンから幕を開けました。
当時、日本一の背高ビルだった同ホテルも、今は全国高層ビルランキングで68位とか。
現在の西新宿は、ハイアットリージェンシー、ヒルトン、パークハイアットなどの
ホテルをはじめ、都庁ビルほかの高層ビルが建ち並ぶ近未来シティ。
約半世紀前までは、このあたりに都民の水瓶、淀橋浄水場があったのでした。
そう、ヨドバシカメラのネーミングはこの淀橋からきているらしいです。
その浄水場が移転した跡地に副都心が計画され、高層ビルが続々と建ち並びました。
相次いで高層ビルがオープンした当時は、右肩上がりのアクティブな未来を、
誰もが思い描いていたはず。
時代の先が見えづらい今、
天を目指して伸びる高層ビル群は、
心なしか巨体をもてあましているように見えます。

昭和のはじめや中期に、小さな町工場だった会社が、
大企業に成長した高度経済成長マジック。
今は逆に、細やかな動きができる所が、
大企業の足元を脅かしているように思います。
こういう時代だからこそ、昭和の熱い志を再燃させて、
目の前の小さなことからコツコツと歩を進めて行く事が大事。キリッ!
などと、靄がかかって見通しの悪い新宿の景色を眺めながら、
思ったものでした。
なので、写真は右肩あがりにして見ました。

哀愁のデイ・トリッパー

なんだか今年の夏は、ずーっと締め切りに追われていて、
旅行どころか、満足に息抜きもできないまま。
気がつけば9月が終わっていました。
10月も3日になり、そろそろ金木犀の香りが風に乗ってやってくる頃です。

この夏、仕事をしながら、ずっと旅行に行きたいと夢想していました。
ひたすらの現実逃避願望です。
まず行きたいのがイタリア。
南イタリアのシチリア島あたりで、海辺のレストランに入り、
イカだのタコだののアーリオオーリオ風味がいただきたいもんです。
オリーブオイルも北より南が濃厚で、
料理は北より南のほうが好みですが、
行ってみたい場所はイタリア側のリビエラ海岸近くにある、
チンクエ・テッレという所。
ティレニア海に面した岸壁に赤・黄・オレンジなんかのカラフルな建物が密集している、
まるで絵に描いたような不思議な村々です。
ここは交通の便が悪いとのことで、
昔ながらの文化や風習がそのまま残っているとか。
ともあれ、家ズキ、しかも風変わりな住宅ズキとしては、
写真で見るたび、もうたまらんと思います。
イタリアはベニスも行きたいし、
昔の建物が残るアルベロベロという北の村にも行きたい。
それが時間的に無理なら、せめて国内のどこかに行きたい、
もう日帰りでもいいから、伊豆とか箱根とか。
伊豆急は遅くなると各停しかないけどまあいい。
河津の海辺の店で刺身と焼き魚を食べたい、
下田で刺身と煮魚を食べたい、
箱根なら、はつ花で天ぷら蕎麦だ・・・と、胃袋直結の旅行願望はつのるばかり。
どれほど日常に埋没しているか、ということでしょうか。
箱根といえば、2年前は取材で箱根に行くことが多く、
1年で5回も行ったものでした。

小田急線沿線で生まれ育った私にとって、
子供の頃から行楽地といえば箱根。
海賊船に乗るのが何より楽しみで、
泊まったホテルのレストランで食べるアイスクリームがとびきりおいしくて、
旅館では今で言うウエルカムスイーツの湯餅がおいしくて、
帰りにおみやげ物屋さんで買って貰ったりしました。
そうそう、ロマンスカーに乗る時に雑誌を買って貰うのですが、
私は小学生の頃から週刊誌が好きで、
駅の売店で週刊新潮を買って貰って、
夜、旅館で読んだりしていました。
そんなことを箱根に行くと、ふっと思い出します。
おもしろいことに、当時泊まったことのあるホテルはすべて今も営業していて、
そのうちの2軒はその後、広報紙の仕事で関わることになったのでした。
箱根には山ほどホテルや旅館があって、
私が子どもの頃や若い頃に泊まったことがあるのはせいぜい5軒。
そのうちの2軒と、大人になってから仕事でかかわるって、
めちゃくちゃ高確率といえまいか。
しかも何十年も経っているのに、
それが全部今も残っていて、そこに取材に行ったりしている。
運命のようなものを感じます。
ともあれ、箱根というのは自然のテーマパークのように、
よくできたジオラマみたいで楽しい所です。
外輪山に囲まれた青い芦ノ湖に、色鮮やかな海賊船が浮かんでいるのは、
いつ見ても心躍る眺めです。
それにしても、この湖に海賊船を浮かべようなんて、
最初に考えた人は相当アナーキーではないでしょうか?

最後に箱根に行ったときは芦ノ湖周辺のゴールデンコースと、
足柄古道という万葉時代からあったらしい道の、
周辺を数日かけて取材しました。
私が事前に作った取材コースでは、
新松田駅から国道を経て、
現在は足柄街道という名前になっている車道を車で行き、
古道入口というバス停近辺を撮影し、
あとは要所要所を車で回って撮影する、というものでした。
が、いっしょに行ったディレクターが予想外に熱心で、
山の中腹に車を止め、
ハイキングコースをグイグイ登って行ってしまいます。
私は内心、マジかよ、と心折れながらも実踏せねばならず、
ひたすらバテまくった苦い秋の思い出・・・。
ちなみに「実踏」とは「じっとう」と読み、広告系の業界用語で、
「ほんとに歩く」という意味です。
その日はハイキングの予定はしていなかったので、
バッグは肩掛けのトート。
しかも地図だの資料だのガイドブックだのが詰まり、重たいのなんの。
ゆるやかとはいえ岩場も登ることになったら、
重いトートバッグがさかんに肩から滑り落ちてきます。
仕方がないので、トートバッグをリュックのように背中にしょって登りました。
時たま、アホそーな男子中学生がやっている、学生カバンしょっちゃうぞスタイル。
あとで家に帰って、念のため鏡の前でそのカッコを再現してみたら・・・。
あまりのカッコよさに気絶しそうになりました。

それはさておき、足柄古道の周辺は棚田があったり、
心洗われるようなのどかな里山の風景が広がっています。
水田の横に猪の皮が2頭分並べて乾してあったり、猪鍋でも有名な所です。
足柄は金太郎(坂田金時)の生まれ故郷とかで、生家跡があります。
本当に『跡』のみで、ただの土地ですが。
そして、神奈川県側から西へと古道をたどり、
静岡県に入った所にあるのが足柄峠です。
ここから見る富士山は、ただもう圧巻。 裾野の町まで一望です。
雄大で神々しいその姿が、霊峰という言葉とともに胸に染みいってきます。
昔の人達の、山岳信仰のマインドが理解できます。

途中で寄った『万葉うどん』は茅葺きの古民家の店で、
うどんもおいしいし、自家製のアイスクリームがとてもおいしい店です。
いろいろな種類があり、私は季節限定の柿のアイスを食べたのですが、
まったく柿の味。100パー柿。じゃ柿でいいのでは、というなかれ。
そしておでんは、おでんバーさながらにセルフで好きなだけ取って、
会計時に本数を自己申告すればいいという、太っ腹なお店なのでした。

この店は地蔵堂という大昔のお堂の近くにあって、
辺り一帯は江戸時代の東海道の旅人気分が味わえる、
超レトロでのんびりした、時間が止まったような村なのです。
食事を終え、うどん屋から出た私たちのあとから、
急用でもできたのかおじさんが走り出てきて追い抜いていきました。
そして店の前に駐めてあったクルマに乗り込んで、
(店の前は路駐大会だけど誰もなんにも言わない)
坂道をバックで、猛スピードで走り降りて行ったのには、もう唖然。
そのスピードたるや。
都会であんな猛スピードで坂道バックで走るなど、ありえません。
そんなことをしたらたちまち死傷者続出で、
翌日の新聞は「真昼の流血、殺人ドライバー」とか見出しが躍りそう。
その村では人通りもほとんどないけれど、
脇道から子供が飛び出す可能性もないということなのでしょうか。
というわけで、足柄の人々は、ゆっくり流れる時間の中を、
猛スピードでドライブすることによって、
結果、都会との時間の距離が縮まっているような・・・。
のんびりしている村の人たちほど速い、という教訓を得た出来事です。
そんな足柄・箱根の旅路。
子どもの頃の記憶をたどると、旅先の母はいつもおしゃれしていました。
ウエストをしぼったワンピースのスカートはパニエでも入れていたのか、
いつもふわっと広がっていました。
箱根神社の長い石段も、ピンヒールで登っていました。
当時の写真を見ると、旅先の男性陣はみなスーツにネクタイ。
研修旅行?ないでたちです。
時は変わり、今や旅もカジュアルなスタイルで行く時代。
背中にトートバッグ背負って、雄大な富士を眺めに行きたい今日この頃です。

原色ニットとフェロモンの関係

朝晩の風が心地よくなってきました。
涼しくなれば、着るモノも気になってきます。
秋風の訪れを感じさせる今日この頃、
肌触りのいいカーディガンが欲しいと思いはじめました。
先日、表参道で見かけたおしゃれな初老のフランス人(顔からの推定国籍)男性が、
グリーンのモヘアのカーディガンにピンクのタイシルクのシャツという、
フランスの老婦人みたいな色目のチョイスに、
大きめのシルバーブレスレットを合わせていて、
えらくカッコよかったのでした。
昔、アパレルメーカーでデザイナーをしていた頃、
ニット物の色展開にグリーンを入れると営業の人たちに
「緑はNG!売れないから!」とクレームがついたものです。
今から20年以上前の日本では、グリーンはあまり動かない色のようでした。
そんなわけで、グリーンをおしゃれに着こなしている人を見ると、
思わず目で追ってしまいます。
たとえばカーディガンなんかだと、黒、紺、グレー、茶、
あたりは男女共通の色ですし、
ワイン、サックスブルー、赤あたりも、男女OKの色といえます。
さすがにショッキングピンクや、
鮮やかなオレンジのカーディガンを着た男性はあまり見かけないけれど、
実はカラフルなものが着たいと思っている人はいると思います。
これもやはり、デザイナーをしていた頃ですが、
赤みがかったピンク、コバルトブルー、イエロー、黒、
などのマルチストライプのカーディガンとセーターを、
デザインしたことがありました。
モヘア素材でざっくり編んだビッグサイズだったので、
男女共有で着られます。
これが、男性にとても人気で、お得意先のショップの人達に聞くと、
買って行くのは男女半々だったとか。
ある店の男性店長は「全色買った」と言っていました。
その人もそうでしたが、男性で赤やきれいな色のニットを着ている人は、
ナヨッとしている人よりマッチョ系が多いような気がします。
原色ニットはフェロモンを刺激するのでしょうか?

今日本屋さんに行ったら、一人の男の子が雑誌を立ち読みしていました。
まず、視界に飛び込んできたのは、彼の髪の色。
明るいブルーで、お椀型の髪の、
耳の横あたりの一筋が鮮やかな黄色でした。
彼は襟と袖がとても長い白いシャツを着て、
ピンク系のアンティーク風編み込みベストを合わせ、
その下に淡いグレーのロングスカートに見えるパンツを履いていました。
それにしても明るいブルーの輝きを発する頭部。
オウムみたいだと思いました。
自然界にある原色の花鳥風月をコピーしたくなるのは、
人間のプリミティブな欲望かも知れません。
ともあれ、うちの近所のような、よくある私鉄沿線の、
地味な町の地味な本屋さんで、輝くブルーの髪はとても目立ちます。
これが動物なら、そく、女性にアピールするための原色ヘアですが、
人の派手さはそれだけが目的ではない。
つまり現代日本の少年が髪を青くする目的は、
子孫を残すためのみではない。
このあたりに、人類の進化と退化を見る思いでした。

これは、昔からよく言われることですが、
動物の中でオスが地味なのは少数派で、
たいがいの野生動物はメスよりオスのほうが、
派手だったりきらびやかだったりします。
これは、彼らの価値基準の中で、
そのほうが女性(メス)にアピールするから。
野生動物の使命は子孫を残すこと。
しかも、より強く、より優秀な種を残すために、
メスは、より立派なオスを選びます。
見かけが立派とか、立派な巣を作ってくれるとかね。
結果的に優位なDNAが継承されていくわけです。
これは、厳しい自然の中で生きる動物たちの当然の仕組みです。
オスの美しさがメスを惹きつける条件、という動物の代表と言えば、
なんといっても孔雀が思い浮かびます。
あの美しいゴージャスな羽根があるほうがオスで、
メスは茶色い羽根がちょろっとあるだけ。
オスはメスにアピールする時、羽根を思いっきり広げて、
ユサユサ揺らしながら迫ります。
「ほれほれ、どや!どや!!」という声が聞こえるようです。
一説によると、メスがオスを選ぶ基準は、
あの羽根の中にある目玉模様の優劣。
より大きく、くっきり鮮やか、
より数が多い方が優秀なオスなんだそうです。
理由として、今、考えられているのが、
くっきり鮮やかで美しい目玉を形成できる遺伝子のほうが、
免疫力も強く、丈夫で長持ちなんだとか。
孔雀に限っては佳人薄命じゃないわけです。
以前、ある離島で孔雀の一群が野生化して生息しているのを、
ドキュメンタリー番組で見ました。
その島に以前あったたホテルが観光客用に孔雀を飼っていたのですが、
閉館してしまい孔雀だけが残されて、
いつのまにか野生化しているというものでした。
で、その中に数羽の白い孔雀がいました。
人間の目から見ると、純白の孔雀はとても幻想的で美しいのですが、
メスの前で「どやどや」と羽根を大きく広げてユサユサ振って見せても、
とにかく目玉がないものですから、見向きもされません。
まさに目玉商品がない状態。
「何やってんの?アホちゃう」みたいな顔されてガン無視。
空しく羽根を閉じ、肩を落としてすごすご立ち去る白い孔雀。
そのうなだれっぷりったら、あんなにガックリしている孔雀は初めて見ました。
そして、彼ら白い孔雀のオス同士が集まって、
グループになっている様子はとても感慨深いものがありました。

 さて私たち人類は、厳しい自然界で暮らす必要もないので、
女性が男性を選ぶ条件はさまざまです。
野生動物のように、より立派な巣を作ってくれるオスを選ぶ人、
孔雀のように見かけが美しいオスを選ぶ人。
国の違いや人種の違い、そして個人のコノミでも違います。
たとえばファッション雑誌で見る限り、
20年くらい前までは、欧米では、よりマッチョな男性が好まれていました。
海外の男性ファッションマガジンの代表ともいえるルオモ・ヴォーグでも、
メインモデルはみんな、美貌で筋骨たくましいダビデタイプ。
女性もグラマー系が中心でした。
日本ではそれ以前から、メンズファッションのモデルはどちらかといえば、
スマート系や中性的なタイプ。
東洋人は一般的に、欧米人に比べれば顔も体つきも少年ぽく見えます。
それゆえ日本のファッション雑誌のモデルは欧米に比べて、
いわば草食系にみえるのかも知れません。
ところが最近の傾向は、欧米のメンズファッション雑誌のモデルも、
どんどん中性化しています。
コレクションに登場してくるのも、
昔のようなマッチョタイプではなく、
ほっそりした美少年タイプが急増。
まあ、スカート男子発祥の地であるコレクションですから、
あまりマッチョなモデルでは
『タイタンの戦い』みたいになってしまいますし。
最近「美人過ぎる男性モデル」として話題のアンドレイ・ペジックは、
ジャン・ポール・ゴルチエの
’11/’12秋冬メンズ・コレクションに登場するとともに、
オートクチュールコレクションにも女性モデルに交じって登場。
中性的なルックスでメイクしてランウェイを歩く彼は、
もう全くレディースにしか見えません。
インタビュー動画を見ると、しゃべり口調はかなりのオネエさん。
ゲイかどうかは明確にしていないけれど、
同性が好きでも異性が好きでもたいした違いはなさそう。
この手の男の子はとにかく「自分大好き」ですから。
ファッションデザイナーそのものは限りなく中性的な人が多いけれど、
ファッションの役割は孔雀の羽であり、
豪華な巣作りの保証書代わりであったはず。
服の未来はどこに行き着くのでしょう?
さらに女性モデルはグラマラスなタイプが減って、
美少年のように中性的なタイプが増えたので、
もう一見、どっちがどっちだかわからない感じ。
あのバーバリーのモデルも、20年くらい前までは、
彫りの深いニヒルなダンディという感じの男性が、
有名なバーバリーコートを着て颯爽と歩いている、
「バーバリーは冨と成功のシンボル!」
みたいな感じのモノでした。
最近ではあのハリー・ポッターのハーマイオニー役のエマ・ワトソンと、
ミュージシャンのジョージ・クレイグのような、
少年少女みたいなカップルがキャラクターをつとめていました。
肉食系の子孫繁栄的ビジュアルから、まだ将来性が不安定なヒヨコ系へ。
これは地球規模の路線変更のようですが、
少子化の昨今、おばさまをターゲットにしないで大丈夫なのでしょうか?
それとも青田買い的な、将来の顧客確保の準備でしょうか?

以前、ニュースキャスターの鳥越俊太郎さんにインタビューした時に、
少子化の話題が出て、原因は晩婚化や非婚、
シングルマザーへの冷遇など色々あるでしょうが、
「男性の精子の数も減っている傾向があるんでしょうか?」と聞いたら、
鳥越さんは、
「そうみたいだよ。やっぱり食べ物や環境の変化が原因だろうね」
とおっしゃっていました。

ニットの色味から地球の存続へと、思いは伸びて、暮れていく秋の日です。

ガバメント・シャツ

なんとなく秋めいた風が吹き始めています。
と同時に台風もやって来たりして。
そして新総裁も誕生しました。
新総理の野田さんは、あくまで見た目ですが、
久しぶりに、私たちが子どもの頃から見てきた、
昭和の政治家然とした政治家登場という感じがします。
思えば平成も20年を過ぎた頃から、麻生さん、鳩山さん、菅さんと、
政治家らしくない印象の総理が続きました。
麻生さんはマンガオタクだし、鳩山さんは宇宙人だし、
菅さんは学生運動家っぽいし。
まあ、学生運動家は裏を返せば政治好きなわけですけれど。
この3人は「政治家も変わったなあ、時代も変わったんだなあ」
と思わせてくれたものですが、
野田さんになって、一気に時代を遡った感じがします。
よくも悪くも、まだ日本が未来を信じて突き進んでいた時代の
ギラギラした皮脂に覆われている感じ。
昭和40年代後期から50年代初期くらいの感じ。
何がそうさせるかというと、
まあ、単純に顔つきと体つきと服のセンスだと思います。
ファッションセンスに関しては、実は菅さんとほぼ同じなのに、
なぜか菅さんは野田さんほどおっちゃんぽく見えない。
野田さんの方が年下なのに。
で、この二人はシャツのセンスがそっくりです。
白地のシャツにボタンやボタンホールの色が黒系で極端に際立つスタイルです。
しかも台襟の裏地に違う柄の素材があしらわれていたりします。
この手のシャツは、ピンとキリが激しいので、
ヘタに手を出すとファッション的やけどをします。
自分の服に関するポリシーがしっかりしていて、
シャツはこうあるべき、という信念のもとにピンを選んで着ているのなら、
それなりに説得力があると思うのですが・・・。
そうでなくて「ちょっとおしゃれに見えたいけどよくわかんないし。
こういうのがおしゃれってやつなのかな? 」
と迷いながら選んでしまうと、ほぼキリを引くし、
その迷いが如実に表面に現れてしまう面倒なタイプです。
「オレはファッションに興味ないんだよねえ」と宣言してるような印象になりがち。
迷いがある時は、無地やストライプを着ておく方が、ずっとおしゃれに見えます。
つまり、このあたりのボタンやボタンホールに色を持たせて、
アクセントにしているシャツは、
どうも体験版とか、サンプルセットのようなもの、という印象がぬぐえません。
正式のものではないけれど、
とりあえずこれでお茶は濁せる感が漂っているんですね。
濁せると思っているのは本人だけで、
正規のフルラインを愛用している人から見れば「ああ体験版ね」的な。
とりあえず服はどうでもいいんだなと思われると思いますが、
とはいえ「ボタンとボタンホールの色が変わっている」ものを選んでいる所が、
ちょっとお茶濁したい下心が透けてしまっているわけです。
ここで王道にして正統派の無地やストライプを選んでおけば、
心ある正統派でいられるものを。
というわけで、管さん、このシャツどうにかならないかと思っていた所に、
野田さんが勝利し、総理の椅子と、
色ボタンシャツを引き継いでしまったという・・・。
ライバル海江田さんは無地シャツ愛用者なので、
少なくともファッションセンス的に見れば期待したい所でした。
国会で思わず泣いちゃった時も、
淡いパープルか赤みがかったサックスのボタンダウンシャツ着用。
一方、国会きっての「濡れたまなざし」の持ち主、前原さんは、
このクールビズのご時世でも、ノーネクタイの印象がありません。
いつテレビで拝見してもしっかり締めてます。
菅さん以前の総理というと、やはりオシャレ度が高いのは麻生さん。
スーツはいかにも高級そうなビスポークだし、
外遊した時に飛行機のタラップ上で手を振っていた時のコートは、
テレビ画面でもはっきりと伺えるほどのしなやかさと上品な艶。
もうカシミア100パーで間違いありません。
夏は無地のシャツかストライプ。
たまにクレリックシャツを着るくらい。
時たまポケットチーフもあり。
一方、鳩山さんは、というと、
オフの時はハート模様や花のモチーフが入ったシャツも着て登場するし、
あの奇天烈な色あわせのシャツで「ルーピー」とすら言われてしまったほど。
とりあえず個性派ということはわかります。
最近は大人しめなカッコですよね。
民主党といえば原発事故直後、連日の記者会見で一躍時の人となった枝野さん。
当時は作業服の襟を立てたスタイルがなんだかなあと思いましたが、
平時の枝野さんはおしゃれです。
無地かストライプのボタンダウン派で、
夏場は綿素材らしきジャケットを着用。
枝野さんと似たファション感覚の持ち主が細野さん。
この方もまた、シャツは白かストライプのボタンダウン派です。
お二方とも、デパートに入ったメンズセレクトショップで、
服を揃えている40代前後のビジネスマンのスタイリングという感じがします。
そして、印象的なスタイルといえば、自民党総裁の谷垣さん。
この方はしばしば、台襟だけのシャツという、文化人好みなチョイス。
襟が極めて小さくて胸ポケット2個付きというような、
変形デザインも着こなす派です。
谷垣さんの場合は、ソフトな風貌が政治家らしく見えなくて、
このデザイン重視なセンスも今の所、
無理矢理っぽくなくてナチュラルな感じがします。

というわけで、久しぶりに政治家っぽい風貌の野田さん。
これからどんなファッションを・・・ではなく、
どんな政治手腕を見せてくれるのでしょうか?

焼き鳥屋のつぶやき

そろそろ猛暑も越えたか?と思われる今日この頃。
みなさまいかがお過ごしでしょうか?

先日、近所の焼き鳥屋さんの前を通りかかった時のことです。
カウンターだけの小さな店で、店の前に小さなテーブルと椅子が置いてあります。
とはいえイマドキはやりのオープンカフェのような小じゃれたものではなく、
失礼ながら粗大ゴミの日に路上に放置されたテーブルと椅子のほうが、
まだマシじゃないか?と思えるような、そんなレベルのポンコツっぷりです。
しかも、店の前がセットバックしているわけでもないので、
もろ、路上に置かれている状態です。
とはいえ昨今のオープンカフェ効果やお花見文化に慣れ親しんだ国民性もあり、
路上で飲食することへの抵抗はあまりないのかも知れません。
などと思いつつ、ガテン系中年男性2人が飲んでいる真横を通り過ぎようとした瞬間、
ひとりがもうひとりに「フェイスブックやってる?」
とたずねたのには、ちょっと驚きました。
聞かれた男性は「ああ?」と質問の意味を理解していなさそう。
「フェイスブックいいよお、やんなよ、え、じゃあツイッターは?」といったあたりで、
私は彼らの会話が届かない距離まで来てしまったのが残念でなりません。
フェイスブックの何がカレをこんなに魅了しているのか、
そして何をつぶやいているのか、ぜひその全貌をお聞きしたい所でした。
先日、オーストラリアから里帰りした私の友人AちゃんのパートナーDは、
2年前フェイスブックで日本女性と知り合いメル友になったのですが、
その日本女性の家はなんと、Aちゃんの東京の実家のすぐ近所という、
驚愕の事実が判明し全員びっくり。
なんとDは、20年以上前に知り合ったリアルパートナーと、
2年前に知り合ったオンラインのメル友を、同じ町内の住人から引きあてたという、
驚異のピンポイント攻撃にして驚異の命中率を誇るのでした。
地球は広いっていうのに。
で、うちの近所の焼き鳥屋で飲んでるおじさんとも、
いつかDは必ずやフェイスブックで巡り会う日が来るだろうと信じています。

というわけで、インターネットがめざましい進化を遂げたのは、
世紀が変わった頃からでしょうか?
それまではパソコンがある家も限られていました。
’90年代後期まで私が住んでいたマンションの住人は企業のサラリーマン家庭が多く、
そういう家には必須アイテムとしてパソコンがありました。
会社のIT革命に乗り遅れないように、
お父さんたちは涙ぐましい努力をしていたわけです。
でも、まだネットやメールを活用している家庭は少なかったように思います。
2000年を過ぎるとブロードバンドも発達して、
大容量の物が高速で送れるようになり、定額制度が広まったおかげで、
家庭におけるパソコンの役割は急速に拡大して行ったわけです。 
さらに最近は、スマートフォンやタブレットの普及で、
パソコンを使わずにネットにつながるヒトが急増しています。
それ以前から10代の子達のネットはもっぱらケータイ。
スマホどころか、あの小さなケータイの画面で、
ネットにつなげているのだからツワモノです。

そんな今日この頃。
アップルのCEOであるスティーブ・ジョブスが辞任を表明しました。
パソコンといえばウィンドウズが圧倒的ですがマイノリティであるMac派にとって、
アップルの共同創設者のジョブスはカリスマ的存在です。
ジョブスと、マイクロソフト創設者であるビル・ゲイツとは奇しくも同い年。
彼らはまだ大型計算機であったコンピューターに高校生の頃に出会っています。
二人の生育環境は対照的で、かたや裕福な家庭に生まれ育ったお坊ちゃまのゲイツ。
地域で一番授業料が高い高校を経てハーバードへ。
かたや、未婚の母から生まれたジョブス。
父に当たる人はシリア人の政治学者で母親も大学院生だったというから、
頭脳的には恵まれていたのだと思います。
実母は最初から子どもを養子に出す予定で出産し、大卒の里親を捜していたのに、
申し出たジョブス夫妻は高卒と中卒だったので躊躇したとか。
それでも、夫妻が必ず息子を大学に進学させると約束したので養子縁組が成立。
実際、ジョブス夫妻は裕福ではなかったけれど息子をリード大学に進学させました。
でも、彼は大学に進んでから迷います。
決して経済的に余裕があるわけではない両親が、
懸命に貯めてきたお金を授業料に費やしている。
そのことに意味を見出せなくなって、彼は大学をやめてしまうのですが、
やめたあとも大学に通い、
哲学やカリグラフィ(西洋書道)の授業にもぐりこんでいました。
この時に学んだ美しい文字や文字間のあけかたなどが、
のちにマッキントッシュのタイポグラフィーづくりに役立ったのだそうです。
「もし、あの時に大学をやめていなくて、必須科目以外の勉強をする余裕がなく、
カリグラフィーの美しい文字に出会っていなかったら、
マックに美しいフォントが組み込まれることもなかっただろう、
でも、当時はそれがあとになって役立つなんて考えもしなかった。
ワカモノよ、あとになってプラスになる・ならないなんて、今考えることはない、
大事なのは自分のやりたいことを自信を持ってやることだよ、
それがあとになって点と点で結ばれるから」
と彼は、スタンフォード大学の卒業式に招かれた時にスピーチしました。
これは「伝説のスピーチ」といわれています。

ジョブスが画期的だったのは、
それまで特殊な業種のための計算機であったコンピューターを、
誰もがボタンひとつで操作できる家電に仕立てたこと。
さらに、生演奏以外はレコード盤やCD盤という形あるものだった音楽を、
拡張子で通信するものに変えてしまったこと、
さらに、パソコンを封筒に入れてしまったこと(iPad)。
そして、なんと言っても彼の特徴は新製品を発表する時のファッションです。
そんなハレの舞台で、ここぞという大勝負をかける時、
ジョブスの勝負服はいつもTシャツにジーンズ。
でも、iMacの花柄や水玉模様モデルを紹介するために来日した時のジョブスは、
珍しくシャツにネクタイというスーツ姿でした。
そして、アップルを創設した頃の若かりし彼も、
たいがいシャツにジャケットというスタイル。
(しかも超イケメン!)
その後、ふくれあがっていく資産に抵抗するかのように、
Tシャツとジーンズという柔な服に着替えたジョブス。
アップルの基調講演での勇姿をもう見ることができないと思うと寂しい限りです。
以前から悪性腫瘍と闘っていて、ここ数年の彼は痩せて、
燃え尽きたのかとさえ思える体つきでした。
辞任の理由は体調悪化のようです。
これほどの原動力を失って、これからアップルがどうなって行くのか、
Macファンとしては気になって仕方ないといった所です。

ニュースはネットで読み、音楽もネットで聞き、映像もネットで観て、電話はスカイプ。
そんな人たちが増えていて暮らしの道具はどんどん変化しています。
少なくとも、パソコンは今、仕事道具であると同時に、
ほとんどのヒトにとって楽しいオモチャでもあるという、
ひとつで何役も兼ねてしまう機能的な物体です。
これで材料さえ入れれば調理してくれるという家電が登場してパソコンにつながれば
おまけにパソコンがロボット型になって、コノミの性格やルックスが選べるようになれば、
人類は絶滅に向かうんじゃなかろうか、恋愛や結婚がばかばかしくなって。
とか思ったりする晩夏の夜です。

*モデルさんの広告写真?というくらいのイケメンは1984年の若きジョブス。
80年代らしいシルエットのスーツ。案外コンサバ?
ちなみにこのパソコンに似たやつ、うちの事務所にあります。