宇宙でポロシャツを。


                               (写真はNASA提供)

 宇宙の果てってどうなってるんだろう?
 そもそも宇宙に「果て」はあるのか・ないのか? 
 子どもの頃、「果て」を考えると、いいようのない不安に襲われたものです。
 ともあれ宇宙好きで、ハインラインとかの少年少女向けSF小説を読みあさっていました。

 先日、スペースシャトル「アトランティス」の打ち上げがありました。
 打ち上げから2日後、シャトルは無事に宇宙に浮かぶ国際宇宙ステーションに到着し、
ドッキングも成功。
 開始以来30年を経たスペースシャトル飛行計画も終止符が打たれ、
これがシャトルにとって最後の飛行になりました。
 スペースシャトルといえば思い出されるのが、1986年のチャレンジャーの事故です。
 あの日、打ち上げを現地で見守っていた人、あるいは実況中継をテレビで見ていた人達の目前で、
大空をグングン上昇して行ったチャレンジャー号。
アラビアのモスクに巨大な蛾が張り付いたようなシャトルの姿は、
どこか厳かで空飛ぶ寺院のようにすら見えました。
次の瞬間(正確には打ち上げから73秒後)、私たちが見たのは、
青い空を背景に音もなく白煙が盛り上がっていく光景でした。
それは長く首を伸ばした白鳥のようなシェイプを描きながら、
モクモクと成長していきました。
何が起こったのか、世界中が呆然となっていた最中、管制官の声が聞こえたのです。
“”The vehicle has exploded. Flight controllers are looking very carefully at the situation.”
「乗り物は爆発しました。私たちは状況を注意深く見守っています」
そのクールな口調は当時の私に、世界一落ち着いている男と思わせてくれました。
SF映画「2001年宇宙の旅」に、HALというコンピューターが登場します。
彼は非常に優秀な人工知能で、しまいには人のような感情をもち、
意のままにならない他者を排除しようと殺人すら犯します。
しかも、悪事がばれて彼の生命維持装置である電源が切られそうになると、
歌を歌って相手の情けにすがるという、きわめて人間的な手段に出ます。
そんなHALは、ヒトのような感情を持ちながら、決して激することなく、
その口調は常に冷静沈着です。
チャレンジャーの事故を伝える管制塔のヒトは、
本当にHALさながらの落ち着きっぷりでした。
誤解を恐れずにいうなら、爆発の映像の美しさとクールな口調が妙にシンクロして、
あの事故は記憶に強く刻まれています。
 ともあれ、この事故と2003年に再度起こった事故によって、
スペースシャトル計画は終息へと向かわざるを得なかったと言われています。
 そんな事故から25年。再び実況中継された最後の飛行。
 この四半世紀で、アメリカも世界も大きく変わり、そしてもちろん、
日本はここにきて大きく変わりました。
ここからの近未来、世界はどんなふうに変わっていくのでしょうか?

 宇宙や近未来を描いたSF映画のランキングが、先日英国の映画雑誌で発表されました。
そのベスト3は、
 1位・ブレードランナー
 2位・スターウォーズ・帝国の逆襲
 3位・2001年宇宙の旅
というラインナップでした。
 ブレードランナーが1位というのが、ちょっと意外な気がします。
鬼才リドリー・スコットの監督作品でとても好きな映画だし、
近未来の街の舞台がトーキョーもどきというのも日本人としては親近感を覚えるし。
でも1位というのはアリか? 
やっぱりイギリス人のサブカル好きというか、へそ曲がりというか。
この映画、日本で投票したら絶対1位にはならないんじゃないかと思います。
2位の帝国の逆襲。宇宙もの近未来ものといえばお子様向けが多かった時代に、
子どもだましでないマジなSF映画が出てきたと思わせてくれた作品です。
ワクワクさせてくれると同時に、すべての造形がものすごくアーティスティックで、
普通でいえばこっちが1位のはず。
そして3位の「2001年宇宙の旅」は、SFとかの枠を取り去っても私の中で名作中の名作。
誰もが抱く(であろう)宇宙の神秘への好奇心や恐れをこれほど如実に哲学的に、
かつ造形的に描いた映画は、これがはじめてではないでしょうか? 
しかも、何がすごいって、宇宙を静かに進んでいく宇宙船の映像に合わせた音楽が、
近未来的な電子音などでなく、優雅な「美しき青きドナウ」。
そしてメインタイトルのBGMは「ツァラトストラはかく語りき」。
前編通してクラシックの名曲が選ばれています。
近未来の映像にあえて古典的な音楽を合わせる事によって、
空間が時間的な縛りから解放されているのでした。
そして、さらに「2001年〜」が画期的なのは、
宇宙船の乗組員が宇宙服ではなく、ポロシャツを着ていること。
もう、はじめてこれを見た時は、まさに目からウロコでした。
近未来を表す際にはスペーシーな服というのが長年のお約束であったはずなのに、
監督であるスタンリー・キューブリックは真逆のことをやってのけたのです。
つまり、宇宙船の中で普段着のカジュアルウェアを着ていられることこそ、
科学が進歩した近未来での環境なんですよ、ということを示したのでした。
そのアプローチは当時本当に新しくて、
2001年は宇宙でポロシャツなのだと私は軽い感動を覚えたものです。
そして今、遠い宇宙から送られてくる映像を見ると、
国際宇宙ステーションの中の人たちはポロシャツやラガーシャツ、
ドレスシャツといたって普通。
短パン着用の人もいて、スペース・クールビズなのでした。
「2001年〜」というのは映像的にも優れた映画だけれど、
音楽やファションという時代の影響をうけやすい分野において、
普遍のものを選ぶことで古くなることを回避しています。
だからこそ、この映画はいつ見ても新しくて斬新なのだと思います。

その点、ブレードランナーは時代を感じさせる映画です。
そのあたりもおもしろいけどね。
個人的にはSF映画といえば「バーバレラ」や「A.I.」「地球に落ちて来た男」を入れたいところ。
10位内に「未知との遭遇」が入っていないのも不思議です。
それまで宇宙人といえば「侵略者」だったのが、はじめて友好的な宇宙人を描いた
ということでは画期的だと思うのですが。
一方「バーバレラ」は、ポップでファッショナブル、かつエロティックなSF映画です。
その後政治活動にのめりこんで闘士になってしまったジェーン・フォンダが、
まだ若く美しくセクシーな女優で、
ロジェ・バディムというこの映画の監督の愛妻だった頃の作品。
ジェーン・フォンダの美しさと抜群のスタイルとコケティッシュな魅力が堪能できる逸品です。インテリアや衣裳も今見るといかにもシクスティーズなレトロモダンでおもしろい。 
古き良き近未来の世界観をたっぷり楽しめます。
ちなみに悪の女王的な役どころで登場するアニタ・パレンバーグは、
ローリング・ストーンズの伝説的初期メンバー、故ブライアン・ジョーンズの元恋人で、
その後キース・リチャードの恋人になったヒト。
中性的な美貌で、美青年のブライアンとは「双子みたいなカップル」と言われていました。
近未来映画ながら、60年代当時のヨーロッパのヒップな空気が伝わってくる作品です。

一方「A.I.」は、感情を持ったロボットとヒトとの交流を描いたSF作品。
これはスタンリー・キューブリックが温めていた企画だそうで、
その意志を継いで親交のあったスピルバーグが脚本・監督・制作を手がけた作品。
とくにロボットの息子とヒトの母親との別れは、涙なくしては見られません。
さすがキューブリックの元ネタという、「2001年〜」に通じる哲学的な匂いのする作品です。
後半ちょっと「長・・・」と思いましたが。
「地球に落ちて来た男」はニコラス・ローグの監督でデヴィッド・ボウイ主演、
1976年のイギリス映画です。
 宇宙から「落ちて」来て、帰れなくなった男の物語なのですが、
カフェで飲んだくれている宇宙人というのが斬新な作品でした。

 ともあれ、時代とともに、近未来の捉えかたは当然変わってきます。
「2001年〜」や「バーバレラ」が作られた1960年代後半から見れば、
40年後の現代はまさに近未来。
ロケットは確かにあって宇宙ステーションもあるけれど、
あの時代に予測したほどは発達していません。
その変わり、当時はその片鱗もなかった、ケータイ電話が見事な発展を遂げています。
 
ピエール・カルダンが宇宙ルックを提案したのが1968年でした。
そして、アポロ11号が月面着陸を果たし、人類がはじめて月に立ったのが1969年。
「人類にとっての偉大な一歩」を刻んだ飛行士が、
月面に星条旗を打ち立てたのを見た時、
誰のものでもない美ししいものを誰かが勝手に「俺の!」と言って、
ワシづかんでしまったような、軽い不快感を感じました。
もう今となっては、国際宇宙ステーションでミッションを遂行する日本人の姿も見慣れ、
アメリカでも日本でもどっちでもいいやという気になっていますが。
原発の事故直後、この事態がもっと悪化したら、
もう地球上どこに逃げても放射線から逃れられないなどと言われたものです。
こうして人類は地球を追い立てられていくんだろうか、
でも、まだ全然準備が整っていないじゃないと思ったものです。
 そう、「2001年宇宙の旅」では人類は月に移住しているけれど、現実ではまだまだ。
月面でポロシャツやドレスシャツを着て暮らせるようになるまで、
なんとか地球をもたせて欲しいものです。

ちなみに「史上最高のSF映画ベスト10」は、下記の通り。
1位『ブレードランナー』(82)、
2位『スター・ウォーズ エピソード5 帝国の逆襲』(80)、
3位『2001年宇宙の旅』(68)、
4位『エイリアン』(79)、
5位『スター・ウォーズ エピソード4 新たなる希望』(77)、
6位『E.T.』(82)、
7位『エイリアン2』(86)、
8位『インセプション』(10)、
9位『マトリックス』(99)、
10位『ターミネーター』(84)

まあ、古いのばっかり。
近未来に思いを馳せていた、あの頃が懐かしいという結果のような気がします。

 

 
 

「一丁倫敦」を歩く

 知り合いのプレスの方から退職のご挨拶メールがきました。
 パリのブランドの日本代理店で仕事をしていた人です。
今後は、「心機一転イギリスで生活を始める予定でいます」とのこと。
数ヶ月前には雑誌エルデコでずっとおつきあいがあった編集部の方が、
やはり退職されて、しばらくロンドンで暮らしてみるとのこと。
二人とも、パリでなくロンドンというのが、ちょっと意外な気がしました。
友人のデザイナーも今、ロンドン移住を模索中です。
別の友人のお嬢さんは夏からロンドンの美術学校に留学されるし、
最近、ロンドンというキーワードがちょくちょく耳に入ってきます。

あの街は私にとって、トータルで5年近く暮らした、とても親しみのある所なので、
通りや家並みを思い浮かべると、懐かしさがじんわりと身内に広がってきます。
はじめてロンドンで暮らして帰国したあと、あの街が恋しくて仕方ありませんでした。
もう数十年も昔のことなので、当時、
ロンドンの街並みや空気感が感じられる唯一の場所は銀座や丸の内でした。
クラシカルで重厚な英国式の建物が建ち並び、
セヴィル・ローのような仕立屋やパブ風の店もあったりしたのです。
それは、明治時代、日本政府が英国から建築家を招き、
ロンドン直輸入の設計で建てた赤煉瓦のビル街の名残です。
実際、丸の内は明治時代に「一丁倫敦」と呼ばれていたのだそうです。
今風にいえばプチロンドンでしょうか? 
そんなプチロンドンを形成していた赤煉瓦の建物は、相次いで老朽化し取り壊されて、
今ではめっきり姿を消しています。
とはいえ、1914(大正3)年開業の東京駅の赤煉瓦の建物はじめ、
丸の内や銀座界隈は、明治や大正の人々が近未来を見据えて街づくりしただけあり、
今でもほかの東京の街とは異なる、独特の都市の空気を感じさせます。
東京駅は今、東京大空襲で消失した屋根部分を復元工事中で、
来年6月にはドーム型の屋根を持つオリジナルの壮麗な姿が再現されるそうです。
駅周辺は新丸ビルや丸ビルをはじめとした高層ビルが建ち並び、
日本を代表するビジネス街という言葉通りの景色が広がっています。
旧丸ビルは大正12年に竣工した日本初のショッピングモールでした。
ちなみにうちの祖父は旧丸ビル内にあった美術品店の番頭(今の店長ですね)で、
店員だった祖母と恋愛の末、結ばれたのでした。
我がジジババが先鋭的な社内恋愛を育くんだ旧丸ビルは1999年に取り壊され、
2002年に旧丸ビルの3階部分までを再現した新ビルが開業。
その丸ビルを右手に見て、国道402号を南下していくと、
この街のランドマーク的な建物のひとつ、三菱一号館美術館が見えてきます。
英国式赤煉瓦の建物の背後に、
現代的なガラス張りの高層ビルがぴったり寄り添って建っている様子は、
まるでフォトモンタージュが生み出したフェイク画像のようです。
「三菱一号館」ビルは、1894(明治27)年、
英国人建築家ジョサイア・コンドルが設計した、丸の内初のオフィスビルでした。
建物全体の優美なロココ調のデザインは、
19世紀後半に英国で流行ったクイーン・アン様式なのだそうです。
昭和40年代初期に老朽化で解体された建物を、2002年に忠実に復元。
現在は美術館と、明治の銀行を復元した部屋がカフェになっていて、
古き佳き時代の面影を愛でつつ、まったりお茶することができます。
赤煉瓦のビルと新しいビルの間の細い道を入って行くと、
中庭が広がる丸の内ブリックスクエアがあります。
まるで、ロンドンの公園の一角のような中庭に面して、
フレンチの巨匠が監修するブーランジェリーとパティセリー、
「ラ・ブティック・ドゥ・ジョエル・ロブション」などがあります。
ここのガレットはさすがにおいしい!といいたいところですが、
なぜかいつ行っても混んでいて、まだ未食。ゲットできたら噛みしめて報告します。
ほかにはスペイン王室御用達のショコラテリア、「カカオサンパカ」とか、
大人気のキャス・キッドソンとか、色々入っています。
ここで注目したいのは、「PASS THE BATON」という雑貨&リサイクルショップ。
ここは普通のリサイクルショップとちょっと違って、
出品物には持ち主の実名と顔写真、出品物にまつわるエピソードが添えられています。
出品者にはスタイリストやファッションディレクター、
カメラマンなど、かなりの有名人も。
つまり、不要品処理施設なのではなく、
大切にしていたモノを大切にしてくれる誰かに繋ぐ、「バトンを渡す」、
モノを通した交流の場のようで、掘り出し物もかなりあります。
丸の内というとエルメスやバカラといった高級ブランドのみのイメージがありますが、
一見地味なこういう店が出ているという所に、新しいい時代を感じます。
中庭では、女性以外にも男性サラリーマンが休んでいたり。
のんびりアイスクリームを食べている人がいたり。
都心のディープな一角に生み出された、人工的なレトロな建物と緑のオアシス。
どこか舞台装置のような空間ですが、それもまた都市の楽しみのひとつといえます。

そんなクラシカルで異国情緒漂う一角と対照的なのが、
もうひとつのランドマーク、国際フォーラムです。
セミナーなどに使われる会議室が詰まったガラス張りのオーバル型の建物と、
演劇やコンサートやイベントが開催される大小4つのホールなどがあります。
通路を兼ねた中庭には樹木が植えられ、
ミュージアムショップやレストラン、カフェもあり、
ここもまた都市の建物空間ならではの雰囲気があります。
けれど、三菱ブリックスクエアがどこかヨーロッパの街や、
仮にもその街に流れる時間を感じさせるとしたら、
国際フォーラムはまごうことなき現代トーキョーの姿!という感じです。
開館はバブルがはじけきった1997年ですが、
多分構想はバブル時代に練られたものであり、
時代の先端を行っちゃうよ!という勢いや気負いがみなぎっていて、
インドなど、今現在勢いのある街には、
きっとこんな建物や施設がいっぱいあるんだろうなと思わせてくれます。
施設は地下で有楽町駅と直結しているのですが、
このところ地下通路は節電で、夜は薄闇の中。
ここでも現代トーキョーがリアルに現れています。
国際フォーラムから日比谷方面に歩き、仲通りに出ると、
煉瓦タイルをモザイクのように敷き詰めた車道と、
同じくらいの幅のある広い舗道、その境に街路樹が並んでいます。
両側にはペニンシュラホテルをはじめ、バカラなどの海外高級ブランドショップが並び、
典型的な丸の内に出会えます。
この仲通りは明治時代から昭和初期にかけて赤煉瓦の建物が建ち並び、
まさに一丁倫敦の最強エリアだったようです。
1930年代の建物を一部復元したDNタワー21はじめ、
こうした方式が多いのもこの街の特徴です。
ある種、丸の内は歴史的な街に仮装した空間でもあり、
ビジネス街であると同時に街造りテーマパークでもあるような気がします。
このあたりはまた、今年100周年を迎えた帝国劇場をはじめ、
日生劇場、宝塚劇場、シアタークリエと名だたる劇場が並んでいます。
その面でもウエストエンドという世界に誇る劇場街のあるロンドンを彷彿させます。
帝劇の正面には皇居、その南側に隣接するのが日本初の西洋式公園として、
100年前に誕生した日比谷公園です。
樹木や花畑に囲まれた散策路や広場だけでなく、音楽堂や図書館もある都市型公園で、
それもやはりロンドンを思わせます。
平日でも、このあたりを歩くと、
舞台やコンサートに行く人達が劇場近辺を行き来しています。
芝居という異空間に触れるあとさきの時間に、
銀座や丸の内はなんてふさわしいんだろうと思うと同時に、
この街を歩いていると、かつて、ロンドンを模倣した街が、
アジアの覇者を経て、今、新しい方向を模索しつつ息を潜めているような気もします。
 
そういえばクールビズは、アフター5の行動を身軽にしてくれそうですね。
以前なら時間がなくてスーツのまま劇場やコンサート会場に突撃という所を、
この夏はカジュアルなシャツにコットンパンツでイケそうですし。
ちょっとおシャレしたい観劇などには、
ウインザーワイドカラーのロンドンストライプ、
ネイビーのクラシックモデルなんかがおすすめです。
麻のパンツを合わせ、麻の薄手ジャケットを手に持って。
夏の夜の丸の内・銀座を楽しんでみては?

*写真は、三菱一号館美術館の外観と、中庭です。
 
 

南国の藻が未来を拓く

先日、東京・大阪間を約1時間で結ぶという、
リニア中央新幹線についてのニュースを見ました。
東京から時速500kmで走るこの超電導リニアモーターカーは、
名古屋開業が2029年、大阪は2045年なのだそうです。
今から34年後では、とんだ近未来な話ですが、
もっと気の長い話題が、先頃発表された超音速ジェット機。
こちらはヨーロッパの航空会社EADSがパリの国際航空ショーで発表したもの。
現在の旅客機と同じようにターボジェットエンジンによって離陸し、
その後はロケットエンジンに切り替えて急上昇。
上空でラムジェットという超音速用エンジンに切り替え、
現在の旅客機より約3倍も高い、上空約3万2千メートルを、
音速の5倍のマッハ5で吹っ飛んで行くのだそうです。
実用化は2050年頃。
かくして人類は東京ーロンドン間を2時間半で移動できる世界に突入するらしい。
ちょうど現在の新幹線による東京・大阪間の所要時間ですね。
しかも、この音速機、悪評だったコンコルドと違い、
遙か上空を飛ぶので騒音とも無縁なのだとか。
もう数十年前にパリでコンコルドが頭上を飛んで行った時の、
この世の終わりかと思えるような轟音がいまだに脳裏にあるので、
音速機と聞いてまずそれを思い浮かべました。
が、そんな私を置き去りにして科学はさっさと進歩していたようです。
さらに、ここがポイントですがこの音速機、
植物から合成したバイオ燃料でターボジェットを動かすとのこと。
ターボ以外のほかのエンジンの燃料は水素と酸素なので、
排出するのは水だけなのだそうです。
つまり、地球温暖化の原因となるCO2(二酸化炭素)を全く排出しない、
早い上にエコなジェット機というわけです。
ひと昔前までは、早さや効率だけが求められたけれど、
昨今は効率と同時に、いかに環境を守れるかも求められます。
そんなことから、原発メインだった日本でも最近、
自然エネルギーが脚光を浴びるようになりました。
太陽光、風力についで注目されているのが、バイオマスエネルギーです。
古代の生物から生成する石油、石炭、天然ガスなどを化石エネルギーと言うのに対して、
バイオマスは現代生活で身近にある動植物から生成される燃料を使うので、
生物エネルギーと言われます。
昔からお馴染みの薪や炭もいわばバイオマスエネルギー。
さらに現代は新技術によって、木材や海草、生ゴミ、紙、
果てはプランクトンなどの生物資源を燃料にして発電できるようになっています。
以前、環境保護大国スゥエーデンの人にインタビューした時、
「コーヒー豆で車だって動かせるよ」と力説していました。
日本でもコーヒーのかすなどを使った代替えエネルギーの開発が進んでいるようですが、
今、最も興味深いのは「オーランチオキトリウム」の存在です。
沖縄のマングローブの根元に棲息している藻で、
光合成を行わず水中の有機物を食べて油を作り、細胞内に溜め込むのだそうです。
油を作る藻はほかにもあるようですが、
「オーランチオキトリウム」の生産量はほかの藻類の10倍以上。
成分は石油とほぼ同じで、代表的なバイオ燃料の原料であるトウモロコシと比較しても、
同じ広さの土地で生産できる油はトウモロコシの5万倍なのだそうです。
例えば琵琶湖の1/3、20万ヘクタールの面積でこの藻を培養すれば、
20億トンの石油が生産でき、世界の石油需要量である50億トンの内、40%を日本で生産できるのだとか。
なんと!日本がブルネイみたいなお金持ち産油国になれると!
OPECなんかも参加しちゃったりするんでしょうか?
しかし何がスゴイって、これを発見した藻類学者の渡邊信・筑波大教授です。
沼や池にいる藻は4万種以上もあって、
教授は効率よく油を作る藻を求めて世界の池や沼や洞窟まで調査し、
やっと沖縄で出会ったのがこの「オーランチオキトリウム」だったのだとか。
教授はこの藻が作った代替えエネルギーでトラクターを動かす実験にも成功しています。
藻類を研究している人が国の命運を決める・かも知れないはめになる。
新時代の到来であることは確かです。

そんなバイオマスエネルギーを使った音速ジェットが2時間半で繋ぐヨーロッパの国々。
1960年代、お金はないけど時間だけはあるという若者達は、
シベリア鉄道で一路ヨーロッパををめざしました。
橫浜から船でソ連(現ロシア)のナホトカまで行き、ナホトカからモスクワ、
さらにモスクワからヨーロッパの国々へと列車で行く旅で、
日本を出てから目的地の欧州の街にたどり着くまで一週間以上かかったといいます。
今なら一週間といえば、日本を発って平均10時間で目的地に到着し、
異国の街を観光して回り、帰路に着くくらいの日程です。
それが50年後には2時間半。早朝に出れば日帰りだってできてしまいます。
「今日はちょっとミラノで買い物してパリで晩ご飯食べて帰って来るわ」みたいな。

先日、高校時代からの親友がオーストラリアのメルボルンから久しぶりに里帰りしました。
彼女はイギリスで知り合ったアーティストのパートナーとオーストラリアに移住。
2年ぶりに会う彼らはデザイン違いの白いリネンのシャツを着て、涼しげで清潔な感じでした。
オーストラリアの彼らの友達は殆どが、なんらかの創造活動をしているアーティストで、
センスのあるなしに関わらず、みんなおしゃれに熱心なのだとか。
そんな友達連中の主なショッピングはネットで、
特に日本のファッションが人気なのだそうです。
「この前も京都にすごくスタイリッシュな靴を作っているメーカーがあって、
サイズが27の女友達が別注したって言ってたわ」とのこと。
京都のメーカーも遠い海の向こうの街から、
オーダーがくることは見越していたのかも知れませんが、
あの古都の街から革靴が海を渡り、南半球の小さな街に届くことを考えると、
とても不思議な気がします。
そう、この土井縫工所のシャツも、時に海を渡り陸を走り、
丘を越え野を越え、未知の街に届けられています。
燃やしてもCO2を排出しない、布製の袋に包まれて。

世界の距離はリニアモーターカーより音速ジェットより、
急速に縮まっているんですね。

写真は、メルボルンからの親友カップル。

イタリアの陰謀

私が住む東京の小さな町には、駅周辺だけで3軒もイタリアンレストランがあります。
まっとうな日本蕎麦屋も日本料理屋もないくせに、
イタリアンレストランだけは複数あるというこの不思議。
気がついたら日本の胃袋がオリーブオイルとガーリック風味に侵略されていたのです。
なぜ日本でこれほどまでに、イタリア料理が一般化したのか?
イタリアの陰謀でないとすると、調理法が比較的素朴でシンプルという理由が考えられます。
イタリアは南北に長い国で、クールな北とホットな南では、
人の気性もオリーブオイルの味も、それぞれの郷土料理も違います。
酪農が盛んな北イタリアでは、美食の都といわれるピエモンテはじめ、
フランス料理のようにバターやクリームを使います。
(もともとフランス料理はイタリア北部の宮廷料理がオリジナルで、
フランス王家に嫁いだイタリア王女の料理人が伝えたものだとか)。
日本で知られるオリーブオイルやトマトを使ったものは、
ナポリやシチリアなど南部の料理の特徴です。
海に面した南部の料理はタコやイカなど魚介類も登場するし、
シチリアではマグロの目玉を使った名物料理もあります。
潮の香りとスピーディかつシンプル。
このあたりが日本人の味覚に合いやすかったのでしょうか?
さらに日本のイタリアンレストランというと、
グランメゾン風の豪華なものから、ごく普通の民家をちょっと改装したものまで、
バリエーション豊富というか、場所を選ばない。
気軽なスタンスでオープンできるカジュアルさ、自由さも、
一般化の要因のひとつかも知れません。

そんなイタリアンレストランを、シェフのタイプ別に分けてみました。
さらに私の独断と偏見で、タイプ別のおすすめを選んでみます。

【Type-1 イタリアで修行したシェフの店】

現地の一流レストランで1年から数年修行し、調理法およびその国の食文化を取得して、
日本に持ち帰っている。
特定の地域の料理というより、各地の郷土料理をカバーしているシェフが多い。
メニュー構成やレシピは、無理のない形でオリジナルを踏襲。
都心の一等地や郊外の住宅街でこじんまりした、気配りの行き届いた店を開き、
マダムと夫唱婦随で運営している場合が多い。
ちなみにあるシェフいわく、イタリアやフランスの三ッ星やめぼしいレストランで、
日本人の働いていない店を探すのは難しい、とのこと。
日本人はビザの関係からか、ヨーロッパ人より賃金が安い、その上、マジメでよく働く。
だからオーナーはみんな、日本人を雇いたがるんだとか。

Type-1でおすすめは「オステリア・ナカムラ」

イタリアンレストランの激戦区、六本木にあって、根強い人気を誇る店。
オステリアというのはイタリア語で「居酒屋」の意味。
オーナーシェフの中村直行さんがイタリア各地で修行していた時に
「オステリアの雰囲気が好きで、日本に帰ったらこんな店をやりたいと思った」とのこと。
ビルの2階にありながら、太い木の梁や格子窓があるせいか、店内は一軒家の雰囲気。
温厚な感じのシェフと気取りのないマダムが醸し出す空気は自然体で、
なおかつ暖かくて、すごく心地のいいお店です。
料理はスピーディでシンプル、パワフル、味もストレートにおいしい!
北を中心とした各地のメニューが楽しめます。
豚のグリル焼きの旨みは、豚肉好きでイタリアン好きだったら、
もうたまらん!という至福の味わい。
おいしいものを食べるという、直球にして究極の欲望を満足させてくれます。
カウンターから丸見えのオープンキッチンなので、料理ショーが観覧できるのもまた楽し。
それだけに、シェフとスタッフの和やかなやりとりが何より。
どんなにおいしい店でも、神経質でビリビリしてるシェフの店は空気がマズイです。
気を使ってしまってとても料理を味わうどころではありません。
というわけで、快適な空間でストレートなイタリアンを楽しみたい方におすすめ!

http://www.osteria-nakamura.com/

【Type-2 日本で修行したシェフの店】

日本の一流イタリアンレストランで修行し、スーシェフやシェフを経験した人が、
満を持して自分の店を持つパターン。日本人の味覚に適したイタリアンを創る人が多い。
そういえば今をときめく人気シェフ、タツヤ・カワゴエもイタリア修行未体験とか。
ある老舗リストランテのオーナーシェフが
「最近はイタリアに行ったことないってシェフがいるから驚きだよ」とおっしゃっていましたが、
それは日本に行ったことのない鮨職人による鮨バーin ニューヨークのようなものでしょうか。
ある意味、イタリア料理がそれだけ日本に浸透してきて、
和の風味に溶け合った新しいイタリアンテイストが育っているのかも知れません。
洋食が日本独自の料理になったように。

Type-2でおすすめは「イル・ギオットーネ 丸の内」

京野菜を使うなど地産地消のイタリアンで名を馳せた、京都の人気レストランの東京店。
京都東山店は古民家を改装した和モダンの渋い店構えですが、
こちらは東京駅からすぐの33階建ビル1階路面店というバリバリ仕立て。
丸の内OL層をターゲットにした(のか?)店内は、リッチ風味のニューヨークスタイル。
オーナーシェフは関西のイタリアン数店で修行し、関西一流店のシェフを経て独立。
料理は日本人の舌にぴったりの味わいで、
細かい所にひと手間かけたメニューが多く、このあたりも日本的。
野菜や魚介など地産の食材にこだわっている高エコポイントなレストランです。
料金設定もリーズナブルで、節電に合わせて短時間で楽しめる特別コースを設定するなど、
関西的な合理性やアイデアが成長の秘訣かも。
最近ショッピングも充実の丸の内で、ヘルシーランチを楽しみたい方におすすめ。

http://www.ilghiottone.com/home.html

【Type-3 シェフがイタリア人】

つまり、本物です。とはいえ、本国の中華料理より香港や東京のほうが日本人の舌に合うとは、よくいわれること。老舗、麻布のアントニオも以前そうでしたが、パスタがアルデンテじゃなかったり、ある意味、盲目的なイタリアン神話の縛りを解いてくれたりもします。

Type-3でおすすめは「リストランテ ピオラ」

近年、ある種のイタリアンとフレンチのレストランは、
両者の境がどんどん希薄になっています。
モダンなインテリア、素材がわかるシンプルな料理、アーティスティックな盛り付け。
シェフのスペシャリテ(得意料理)のひと皿だけでは、
それがイタリアンかフレンチか、東京の店かNYなのか、
あるいは麻布か小樽なのかも見分けがつかないという現象。
それが悪いわけではないし、グローバルでユニバーサルな世の中では無理もなく、
ファッションだって世界中の先進国で同じモノが流通しているワケですし。
でも、均一化は寂しいものです。

ところが、個性的でおしゃれな飲食店が多く集まる白金高輪にある、
この店だけは断固、土着的!!
オーナーシェフ、ヴァルテル・ダルコルさんが自ら手がけるインテリアは、
絵と絵皿がひしめきあう壁面やら、ヨーロッパ臭がむんむんしています。
店内フロアの真ん中にクロス掛けの小さい丸テーブルを置き、その上に花を飾ってある。
このあたりが、日本人にはあまりない空間処理感覚。
ヨーロッパのおばあちゃんの部屋に招かれたような、
地域に根ざした人の呼吸や思考が感じられます。カッシーニって何?な世界です。
日本でいえば、昔ながらの内装の蕎麦屋といいますか。
料理の味はトレンドのトーキョー・イタリアンと一線を画す、
ネイティブ・イタリアンな味わい。 
盛り付けもフレンチとのボーダーレスなものではなく、
イタリアの大地を背負ってそうな、郷土色豊かでパワフルで素朴なスタイル。
ちなみにメニューはイタリア全土の料理なのだそうです。
北イタリアのどこかの街角にありそうな、リアルな存在感を持つ店で、
日本人マダムもフェリーニ映画に出て来そうな雰囲気。
リトルイタリーを体験したい方には、ぜったいおすすめです。

地下鉄・白金高輪駅から徒歩7分
Tel.03-3442-5244
11:30〜14:00(LO)、18:00〜22:30(LO) 不定休

写真は、イタリア臭むんむんのピオラの店内と料理「ブカティーニとスペックハム、トレヴィーゾ産ラディッキョのトマトソース」。ブカティーニはパスタ、スペックは生ハム。ともに北イタリアの特産。ピンクの花びらのようなものがラディッキョ。シェフの出身地、北イタリア、トレヴィーゾの特産で、しゃっきりした歯ごたえとほろ苦さが特徴。

バスを待つ近未来

早くも梅雨いりです。
曇り空の下、紫陽花だけが光を放つ街角で、
バス停に椅子が置いてあるのを見かけました。
時折、ありますよね、
コカコーラのロゴ入りベンチとかでなく、
近所の人が自主的に置いたような、やけにプライベート感溢れる椅子。
しかも2〜3脚バラバラなものが並んでいたりします。
今日見たのは、いかにもプールサイドか海の家にありそうな白いヤツと、
灰色のいわゆる事務椅子と、
昭和のスナックみたいな丸っこいビニール椅子が、
横一列に並んでいる光景でした。
梅雨空のもと、そこだけやけにリゾート感漂う一脚と、
やけに経理のおじさん的一脚、
そして水割と歌謡曲が似合いそうな一脚が並んでいるのでした。
椅子の前にあるのは紺碧の海でもきまじめな仕事机でも、
バーカウンターでもなく、バス停の標識とアスファルトの道路。
アンバランスな取りあわせが小さなドラマを描いています。

椅子というのは、誰も座っていない時でさえ、妙に人間味があって、
ミステリアスな存在感があります。
だから使い古された椅子がバス停に並んでいると、
本来の目的である、人を座らせるためというより、
椅子そのものがバスを待っているような、
異なる人格と人生がバスを待っている感じがして、
どきっとしてしまいます。
さらに椅子の年代も様々。
今日見たスナックのような椅子は、
いかにも60年代の産物という近未来感満載のモダンなデザインでした。

20世紀初頭にドイツで生まれたモダンデザインが、
その後ヨーロッパで成長して世界中を席巻するようになったのは、
1950年代から70年代初期にかけて。
日本では昭和30年代から40年代の頃です。
服でいえばピエール・カルダンの宇宙ルック、
キッチン雑貨でいえば天然素材のザルが、
オレンジやピンク色のプラスティックに変わった頃です。
家具屋さんのショーウインドウに置いてあるソファやダイニングチェアが、
唐突にモダンになり、それがまた今にして思えばチープでポップでカラフル、
子ども心を刺激されたものです。
確かその頃、我が家に最初にやって来たダイニングチェアも、
背もたれとシートは真っ赤なビニールレザーでした。
これは当時、ものすごく出回ったタイプで、
先日も下町のラーメン屋さんで、黄色バージョンが、いまだに並んでいて感動しました。
欧米と違って最近までリサイクル思想が希薄だった日本では、
古いモノは捨てられる運命でした。
それをかいくぐって生き残る、あの頃のモダン家具に出会うと嬉しくなります。

箱根・芦ノ湖畔にあるプリンスホテルがリニューアルする前のレストランでは、
椅子がイームズのDSS-N、通称シェルチェアだったので少し驚きました。
(写真/下・左)
チャールズ&レイ・イームズはミッドセンチュリー(1940〜60年代)の、
アメリカを代表するモダンデザインの巨匠夫妻です。
北欧モダンの巨匠、アルネ・ヤコブセンと並ぶ、
ミッドセンチュリー家具界のアイコン的存在です。
しかもこのホテルの椅子は古くて、
まるで1950年にこの椅子がはじめて世に出た時に購入したのか?
と思えるくらい年期が入っているのでした。
西麻布や表参道の小じゃれたカフェにあると、
だから何、としか思えないイームズのシェルチェアが、
庶民的なビュッフェスタイルのレストランに、
しかも誰もこれが20世紀の名作家具だなんて知っちゃいないわ、
店のスタッフさえ(多分)気にしちゃいないわ、という忘れ去られた風情であることに、
味わい深くも感慨深いものを感じてしまいました。
(その後、レストランは改装してグレードアップ、今、この椅子はいずこへ?)

中央の写真は、日比谷にある日生劇場の椅子とテーブルです。
もうまさに60年代にタイムスリップしたようなリアルな遺産にして現役です。
1963年にこの劇場がオープンした当時は、高度経済成長のド真ん中。
その上昇気流に乗ったデザイン界の、アゲアゲだった意欲や勢いが感じられて、
甘く切ない思いにとらわれます。
ここはインテリアが舞台同様ドラマティックで幻想的な劇場で、
階段やテーブル、椅子といったものはオープン当時のデザインのまま。
60年代に子ども時代を過ごした者に取っては五感がノスタルジーで破裂しそうです。

一方、当時に較べれば豊かになった今の時代のモダン家具の取り入れ方は、というと。
昨年、箱根にある「彫刻の森美術館」のギャラリー・カフェで、
パントンチェアがずらりと並んでいるのには驚きました。(写真/下・右)
ヴェルナール・パントンはデンマークのデザイナー・建築家で、
これまたミッドセンチュリーの巨匠の1人です。
一昨年、日本でも回顧展が開かれたりしました。
これは1959年に発表され、
半世紀後の今なお斬新なモダンフォルムを誇るマスターピースで彼の代表作です。
モダンでありつつ、後ろから見ると足元がドレスや着物の裾のように優美です。
以前、京都の日本家屋に住んでいるフランス人アーティストが、
和室の畳の上に紫色のパントンチェアを置いている写真を見て、
いきなりモダン旋風が吹き荒れた昭和40年代を思い出しました。
我が家でもステレオとかソファは和室の畳の上に置かれていたものです。

当時の人々が近未来に思いを馳せ、様々に挑戦してきたデザインを見るにつけ、
あの頃の近未来にいる私たちがそのココロを受け継いで、
着実に前進して行かなかればと思います。
思い出は過去を振り返るためにあるのではなく、
未来を生きるためにあると、フランスの作家がいったそうです。

スーパーに昇級

 前回、このコラムでクールビズについて書いた翌日に、
「今年はスーパー・クールビズです」
というバージョンアップが環境省から発表されてびっくり。
より一層の軽装化を求めるということで、それによればTシャツでも無地ならOK、
ジーンズも穴があいてなければOK、なのだそうです。
ジーンズって、決して涼しくはないと思うのですが、まあ、カジュアル度の指標みたいなものなのでしょう。
チノパンもOKとのことですが、
すべてにおいて「だらしなくない程度」という注文がつけられています。
とすると、カーゴパンツなんかは?
原型は貨物船で荷物を扱う人たちの作業着ですし。
あるいはミリタリーパンツなんかは?
と、謎が深まるスーパー・クールビズの定義。
そして、いくら
「今年はスーパーなんですから、もっともっと軽くいっちゃってください、
ささ、遠慮なく」
と肩を叩かれても、Tシャツとチノパンで出社できる会社はそうそうないでしょう。
業種や部署にもよると思いますが、ほとんどのオフィスでは、
ノーネクタイやポロシャツが限度なのではないでしょうか?
環境省がいうわりに閣僚の方々だって、
テレビで見る限りみなさんノーネクタイ止まりです。
中にはきっちりネクタイをしている方もお見受けします。
テレビの報道番組のキャスターもネクタイ&ジャケット着用です。
枝野官房長官や細野首相補佐官、およびキャスターの方々が、
Tシャツとチノパンで登場すれば世間のコンセンサスも変わるかも、ですね。

 そういえば先日、テレビで外国人ジャーナリスト3人の論客が、
「原発問題を徹底討論する」という番組がありました。
もう終わりかけの時に見たので内容よりも、
登場する外国人ジャーナリストの日本語の流暢さと、
イタリアのテレビ局の極東特派員であるピオ・デミリアさんのおしゃれっぷりが、
印象に残っています。
50代半ばのデミリアさん、ちょっとメタボなボディラインで、
いかにもイタリアンな感じ。
でもよく見るとマルチェロ・マストロヤンニに似ていなくもない風貌です。
そのデミリアさんが淡いブルーのドレスシャツを着ているのですが、
ボタンは2~3個外して、もちろん下着はなしで、袖はラフにまくりあげている。
全体的にきわめてラフな感じで、
もはやだらしない領域に片足突っ込んでいるのですが、
なんともカッコいいし、大人の男の色気もあります。
イタリア人TVスタッフは全員こんな風にお洒落なのか?と思って、
デミリアさんが所属するSKY TG24というテレビ局の番組を、
you-tube でみてみると・・・そうでもないようです。
なんかもっさりした野暮ったいスーツを着てるおじさんもいるし
(ちなみに女性キャスターはえらく胸のあいたトップスという、日本だったら、
たちまち叩かれそうなファッションの人が多いようです)。
まあ、イタリア人だからといって、全員がファッショナブルでないのは、
日本人だからといって全員着物を着られるわけではないと、そんな感じでしょうか?
そうイタリア人といえばもうひとつ、全員がハイテンションで明朗快活、
そしておしゃべりというイメージがありますが、
インタビューでお会いしたパンツェッタ・ジローラモさんは、
見事にクールで控えめで言葉を選んで語るタイプのイタリア人でした。
 来日してもう長い年月が経つジローラモさんに
「今と昔で、日本の男性のファッションはどこが一番変わりましたか?」
と聞いたら、答えは「靴」。
 昔はほとんどのサラリーマンが、なんのしゃれっけもない靴を履いていたけれど、
今では若いサラリーマンを中心に、すごくお洒落になっているとのこと。
実際、近頃は電車の中で、若いサラリーマンの人がやけに先がとんがっていたり、
やけに先端までが長いフォルムの靴を履いているのをよく見かけます。
 足元にこだわることはファッションの仕上げでもありますし、
サラリーマンのお洒落アベレージが円熟の境地に入っているのかも知れません。
と同時に、これは私が感じていることですが、10年くらい前から、
カジュアルなイタリアンレストランやフレンチレストランで、
男性の1人客がパスタや鴨肉のソテーなんかを、
黙々と食しているのを見かけるようになりました。
グルメ志向の中年や高齢男性ならいざ知らず、
若い男性が1人でそういう店でご飯を食べている光景、
最初はちょっとびっくりしましたが、最近はもうよくある図になってきました。
定食屋、ラーメン屋、蕎麦屋、あたりが男性の1人客には入りやすいと思いますが、
そこにイタリアンやフレンチが加わったのは、
若きサラリーマンの靴が飛躍的におしゃれになった頃と時を同じくしているような。
(同様に、東京近郊ではどんな駅前にもあった蕎麦屋が続々消滅し、
代わりに「なんちゃってイタリアン」が増えてきたのも同じ時期という気がします)
で、カッコいい靴やシャツをカッコよく着こなせる人々は増えているのですが、
今から10〜20年後には彼らが、デミリアさんみたいに、
だらしない領域までのラフな着こなしを、
カッコよく洒脱にこなせる中年男性になっているのかも知れません。
ともあれ、かつてドレスシャツは下着も兼ねていたという歴史もあり、
欧米ではシャツの下に下着を着ないのが基本です。
この際スーパー・クールビズ精神にのっとり、
シャツ1枚で下着は着ないという冒険をしてみるのもおすすめ。
ただし日本の夏は暑いのでローションやパウダーなどの、
デオドラント(制汗)対策をお忘れなく。
 

クールビズ・アイランド

さて、風薫る5月です。
今年は暖かくなるのが遅くて、
4月に入っても小雪がちらついたり。
連休が過ぎて、ようやく初夏の雰囲気になりました。
そして梅雨があければ、たちまち暑くなるヒートアイランド。
そんな猛暑の街でも温室効果ガス削減のため、
われら国民は2005年から室温を28℃に設定することが求められています。
そこで政府から提案されたのが「クールビズ」でした。
28℃の室内でも涼しく仕事をするためのノウハウ。
とくれば、脳裏に浮かぶのは70年代後半に生まれた、あの省エネルックです。
羽田孜大臣着用の半袖ジャケットという衝撃的スタイル。
誰もが脳裏に浮かべながら、今ここで再現する勇気ある政治家がいないのは残念です。
ともあれシビアな節電が叫ばれ、
例年よりひと月早い5月1日にクールビズが始動した今年。
半袖ジャケットか、ハイパーメディアな高城剛さんのようなタキシードに短パンか、
どちらにしても悩ましい選択が迫られる熱い夏はすぐそこに。

去年も猛暑でしたが、関東地方などはここ数年、
つにインドを越えたとか、すでに亜熱帯とかいわれているのですから、
英国式の「真夏にスーツ&ネクタイ」は変革の時期なのでしょう。
というわけで、最近は夏場はノーネクタイ推奨という企業が多く、
ネクタイなしのVゾーンをいかにスマートに見せるかがポイントになってきます。
サックスなどブルー系のシャツは知的かつスマートな感じで、
ノーネクタイでも颯爽と見えそうです。
またチェックやストライプの身頃に白い襟が付いたクレリックシャツや、
襟周りにアクセントがあるボタンダウンは、
シャツ&ジャケットというノーネクタイの着こなしに威力を発揮してくれます。
そして素材は通気性のいいロイヤルオックスフォードなどがおすすめ。
涼しげかつスマートなシャツで、クールビズを乗り切ってください。

暑い時期のシャツの着こなしというと、
数年前の「Pen」というメンズ雑誌での「春・夏ファッション特集」を思い出します。
これは特集の全ページをブラジルのリオ・デ・ジャネイロで撮影したもの。
日本から持って行った衣装を、現地の男性に着てもらって撮影しました。
(ちなみに現地での撮影は友人がアレンジし、
私は日本で資料を受け取り、総勢32名の登場人物、1人1人の紹介文を書きました)。
モデルはプロのモデルに加えて現地で探した一般人。
エルメスの40万円のシャツをストリートミュージシャンが、
ドルチェ&ガッバーナの7万円の花柄シャツを警備員のおじさんが、
グッチの10万円のグラフィカルなテキスタイルのシャツを若い軍人が、
という具合にそれぞれ見事に着こなしています。
リオ生まれで「カリオカ」と呼ばれる男達は、とにかく全員、絵になります。
浅黒い肌と彫りの深い顔立ち。
絵にならないワケはないのですが、
造作よりその奥にあるソウルが顔に出ていて、
どんな服も自分の方に引き寄せてしまう我の強さがあります。
電気工のおじさんが「ジャン・フランコ・フェレ」の高級スーツを、
すっかり「いつも着てる一張羅」という雰囲気で着こなし、
ポーカーに興じていたりします。
スタジオではなく、市街地や公共の建物内での撮影という、
自然さも手伝っていたでしょうが、
「服は人生」とでもいうべき、とても見応えのある特集でした。
そんなクールな男達の中で一番記憶に残っているのが、
特集のトリをつとめた石職人のおじさんでした。
22歳の時に、電車もバスもない北部の町からリオに出て来て、
仕事を探し石職人になったのだそうです。
石畳の道路に石を敷くのがおじさんの仕事です。
「テレビは持ってないから、世の中のことは全部ラジオで知る」というパウロおじさん。
白いラコステのポロシャツを着てハンチングをかぶって、
イパネマ海岸を見下ろす舗道に立つおじさんの姿に私は見惚れました。
なんの変哲もない格好なのですが、おじさんの人生が現れています。
贅肉のない細い体は「子供の頃からよく歩いた」というヘルシーな生活習慣ゆえか、
テレビもないという経済状況がもたらす粗食ゆえか、
白いポロシャツの半袖から伸びる腕の細さや体つきがなんとも涼しげです。
22の時から50年間、道路に石を敷くことで生きて来たおじさんの人生は、
熱いブラジルの大地で、そこだけクールな空気感を醸し出しています。
「すっきり背筋を伸ばした立ち姿が、ストイックな人生をもの語る。
シンプルなポロシャツが、無言のドラマを映す瞬間だ」
その時書いたおじさんの紹介文です。

そういえば、リオの男達のオフィシャルシューズは「ハワイアナス」。
そう、ブラジル生まれのビーチサンダルです。
海パンや短パンにはもちろん、スーツにもビーチサンダルを履いたりするのだそうです。
これは理にかなったクールビズなのでしょう。
ハワイアナスのビーチサンダルは、
日本人の移民によってブラジルに持ち込まれた草履が原型になっているのだとか。
そして今や関東で最高に暑い日は、
リオ・デ・ジャネイロで最高に暑い日より確実に9℃暑い!
スーツにビーサンという寅さんみたいなサラリーマンが、
東京砂漠に出没する日も遠くない?
理にかなったクールビズかも知れません。

30年後のロイヤル・ウェディング

ロイヤル・ウェディングはご覧になりましたか?
今回は王室自ら「地味婚」と表現しているそうですが、
中継を見ながら本当に地味だわ、と思いました。
30年前のチャールス&ダイアナの時と比べて、色々な意味で。
あの当時も英国はやや不況で失業率上昇中、
かつ労働意欲低下中という時代背景のもと、
皇太子の結婚は世紀のビッグイベントとして恰好の盛り上げ要素でした。
当時、私はロンドンに住んでいたのですが、
いつになくノッているイギリス人を見て、
本当にこの人達は王室が好きなんだと再認識しました。
いつもはクールで多少アナーキーな友人でさえ、
アパートの隣のおばさんに
「結婚式の招待状は届いた?」とベタな冗談をふられ、
「招待状は届いたけど先約があったから丁重におことわりしたよ」
「あら、あたしと同じだわ」みたいな会話を交わしていたのを覚えています。
はては、ダイアナのおばあさんが官能小説作家だったから、
「彼女は結婚式に出席しないと言っている」
「いや、『招待状はもらったけど断ったと言え』と、バッキンガムにいわれたらしい」
なんて噂話も色々。
要するにほとんどのイギリス人にとってロイヤルファミリーは、
サッカーの試合や選手の噂話のような、
それさえすればたちまち打ち解けられる題材のようで、
ともかく王室は人気者なのでした。
もう国をあげてフィーバーしていたし、
海の向こうのことなのに、日本でも相当話題になったのではないでしょうか?
今回は震災の影響もあるのでしょうけれど、
このボルテージの低さは
日本の若い世代の内向き志向にも原因があるのではないかと。
あの頃、日本ではベイ・シティ・ローラーズやノーランズなんていう、
英国のポップ・グループが人気だったから、
イギリスは今より身近だったのではないでしょうか?
最近の日本では韓流とレディ・ガガ以外の海外勢は影が薄いですよね。

30年後の今、英国はまたしても不景気で、
王子の結婚は経費削減でパレードの距離を縮めたり、
花嫁のドレスのトレイン(引き裾)はダイアナ妃の時より5メーター近く短くなりました。
まあ、これはデザインの違いですけれど。
ハタチそこそこで花嫁となった元保母さんのダイアナ妃と比べて、
今回の花嫁ケイトさんは、もう29歳の大人の女性。
しかもアパレルメーカーのバイヤーをしていたというくらいで、
一般の女性よりはるかにファッションに敏感です。
結婚前のスナップを見比べてみても、素朴で少女っぽい格好のダイアナ、
いかにもファッション業界という洗練されたスタイルのケイト。
30年という年月を隔てて並び立つ2人のロイヤル花嫁はあまりに対照的です。

そしてウェディングドレスにダイアナが選んだデザイナーは、
ロマンティックな服を作ることで知られていた
エリザベス&デイヴィッド・エマニュエルというデザイナーカップル。
ドレスは大きなパフスリーブの袖や、
7メートルものトレインが特徴的なメルヘンタッチのもので、
若くてかわいいダイアナ妃にぴったりでした。
一方、ケイトさんがデザイナーに選んだのは、
「アレキサンダー・マックイーン」のチーフデザイナー、サラ・バートン。
ブランドの創始者であるリー・アレキサンダー・マックィーンは、
英国ファッション界の鬼才とも異端児とも言われたデザイナーで、
今やスタンダードと化したスカル(ドクロ)モチーフの生みの親です。
昨年、惜しくも自死したマックイーンの右腕として、
女性部門を担当していたのがサラ・バートンでした。
アヴァンギャルドだけれど古典的な面もある、しっとりしていてなおかつクールという、
イギリス独特の持ち味そのもののマックイーン・ワールドを今、担っている人です。
ケイトさんのウェディングドレスはV字に開いたデコルテと袖にレースをあしらった、
上半身こそ女らしくてエレガントなデザインですが、
ドレスのスカート部分の立体的なフォルムの雄々しいほどの美しさときたら!
バックスタイルも、張りのある素材がまるで大きく隆起する海原を思わせるような、
立体感があって、女性らしさや愛らしさというより、
アーティスティックで力強い魅力に満ちたデザインのウェディングドレスでした。
英王室が新しく選んだ選択が「アレキサンダー・マックイーン」だったという点にも、
時代の流れを感じます。

アナーキーで反骨精神たっぷりだったマックイーン。
自社のデザイナーがプリンセスのウェディングドレスをデザインする、
それがわかった時の彼のコメントを聞いてみたい気がします。
ちなみに彼は、今回のウェディングに招待されたエルトン・ジョン同様、
同性婚をしていました。
まあ、そんなこともマイナス要素にならないという点に、
英国社会の熟成した文化意識を感じます。
ところでYou-tubeで見たのですが、
エルトン・ジョンは同性のパートナーとともにモーニング着用で会場に現れました。
パープルのシルクタイ、明るいベージュのベスト、グレイのパンツというスタイリング。
シャツはフォーマル用なのでしょうがウィングカラーではありませんでした。
2人ともなんかゆるーい感じで微笑ましい。
一方、同じく招待ゲストのベッカムはモーニングにウィングカラーのシャツ着用で、
さらにトップハットも手に携えているというパーフェクトなフォーマルぶり。
あまりにもキメキメすぎで緊張しているのか、
あまり楽しそうじゃないベッカムとビクトリア。
そこへ行くと人のよさそうなパートナーのデビッド・ファーニッシュと、
にこやかな笑顔を見せるエルトン・ジョンのカップルは本当に幸せそうでした。
ロイヤル・ウェディングという世紀の結婚式に、
様々な「夫婦」の形を見た夜でした。

目指せ、ココロのアンチエイジング

仕事柄、色々な人に会います。
女性誌、男性誌、ファッション雑誌、インテリア雑誌などのモード系から、
生活情報誌や企業の広報誌まで関わっているので、
取材対象もインタビューする相手も千差万別です。
ヴィヴィアン・ウエストウッドにインタビューした帰り道、
世田谷区役所に行って「梅まつり」の写真を借り、
小田原で梅干し漬けてるおじさんにインタビューしたあと、
都心に戻りハリウッドの映画監督にインタビューするといった、
超メリハリのある仕事です。
そんな感じで色々な人に会うのですが、
みなさんそれぞれ、人物・ファッションともども味わい深いものがあります。
その中で純粋にファッション的に「おしゃれ!」と思った男性は?
というと、2人とも芸能人の方でした。
(一応、服飾を専門とするプロの人以外で)

お2人とも文化出版のミセスという雑誌の取材でお会いしたのですが、
1人は、堺正章さんです。
この方は、もう数十年前から「部屋にルオモ・ヴォーグ*が転がっているらしい」
とウワサがありました。
今でこそ、若手男性芸能人や一部お笑い芸人の方でもみなさんオシャレで、
私がお会いした中でも椎名桔平さんや小林薫さんなんかも、
プラダやグッチをサラリと着こなしていて、
パリコレのモデルみたいにスタイリッシュでした。
でも年配の芸能人でルオモ・ヴォーグを数十年前から愛読している人といえば、
やっぱりマチャアキ以外に思い出せない。
そして本物はウワサ以上にダンディーでした!
愛用のスーツはゼニア*だそうですが、高級スーツをバリバリと、という感じでなく、
肌に馴染ませてさりげなく着こなしている感じが、なんともお洒落(ここは漢字な感じ)。
英国紳士というか、英国の田園風景に似合いそうな、大学教授風印象。
お会いした時、とてもにこやかなのに目がマジメで、
あの有名な笑顔の奥に広がる深い深い土壌の存在を感じました。
それは知識とか経験とか智恵とか感受性とか、
いろいろな要素からできているのだと思うのですが、
そのうえで自分をどう見せたいかもよくわかっていて、
見事にセルフ・プロデュースできている。
なおかつ服はパッケージだということもよくわかっている。
叡智が生んだ隙のないスタイルという感じで、
おしゃれってこういうことをいうんだなと納得させてくれます。

そんな堺さんと対極ともいえるのが、
ナチュラル系あるいは脱力系お洒落キングと呼びたい三國蓮太郎さん。
もうダントツです。
まず取材の前に撮影があり、スタジオに現れた三國さん。
日本を代表する名優にして大スターにして日本映画界の重鎮ですよ。
そんな大スターが飄々と入って来る、
まずその軽やかな登場の仕方がなんともカッコいい。
もちろん日本人離れした容貌や身長にも恵まれているのですが、
服が極めつけにオシャレ!!
当日の私服は紺白の細い縦ストライプの綿ジャケットに、淡いブルーのTシャツ。
生成のコットンパンツに茶色いデザートブーツ!
ここがポイントなのですが、そのジャケットもTシャツも新品ではなく、
いいかんじに着込んである。
普通、ピカピカの若造ならヨレた服を着ても、それなりにおしゃれに見えますが、
年齢を重ねた人がヨレた服を着て輝けるというのは、並大抵のことではない。
全身お洒落パワーに満ちたボディーと顔つきをしていなくては、
たちまちヨレヨレカモフラージュに覆われて、くすんでしまうのです。
それがまあ三國さんと来たら、着慣れたシャツが逆になんとも粋で、
パリやミラノの町角で擦れ違う洒落者おじさまというかんじ。
もちろん撮影のバリッとした新品衣装も見事に着こなしてしまう。
さらに、表情や語り口調、仕草、物腰、すべてにフェロモンが漂っているのでした。
そのフェロモンすなわち、女性、あるいは生物全般に対する包容力ではないか、と思いました。
「僕自身も含めて、年寄りは信用してないから、できるだけ若い人の話を聞くようにしてるんです」と三國さんはおっしゃった。
仕事で知り合ったロック・ミュージシャンを家に呼んで色々話をして、
すごく楽しかった、という話もされていました。
当時80代半ばのおじさまが、ですよ。
未知のもの、新しいものへの興味や好奇心が三國さんを若々しく保ち、
フェロモンを形成して周囲の生物を引き付けて、さらに若々しくなって、のような。
しかも話すほど柔軟で少年ぽい、ピュアな部分が浮きぼりになって来ます。
魅力的に年を重ねる秘訣は柔軟さにあるんでしょうか。

ともあれ、かたや隙のないスタイリング、かたや脱力系スタイリングと、
一見異なるお二方ですが、その基本であるボディーにパワーがあるのは同じ。
そしてファッションは生き方そのもの、と改めて思わせてくれます。
私も、着古したシャツとジーンズでおしゃれに見えるおばあちゃんを目指したい・・・と淡い夢を。

*L’uomo Vogue イタリアの男性ファッション雑誌です。
*ゼニア イタリアの生地メーカーがはじめたオーダースーツやアパレルの高級メンズブランド。

いとしのロンドンストライプ

木々に咲く花が次々に目を楽しませてくれるこの季節。
東京は桜が葉桜に変わり、八重桜が美しい時季になりました。
今年はお花見を自粛せよ、いや、その必要はない、なんて言われましたが、
そんな世間の声にはおかまいなく、時季がくれば花は静かに咲き、
春という再生の季節の力強さを教えてくれます。
今年は特に、花の暖かみを感じるというか、
いつにもまして、ココロを癒してくれる気がします。
すべての人たちが、来年の今頃は穏やかに花見の季節を迎えていられますように。

さて、そんな春先。
霞たなびくうららかな日には、
いつも黒や紺系に走りがちな人でも(私もそうです)、
さすがに生成やベージュの淡い色のジャケットが恋しくなるのではないでしょうか。
(私もそうです)。
ベージュのジャケットとくれば、
シャツは爽やかなブルーのロンドンストライプあたりを合わせたくなります。
このロンドンストライプというのは、知的にしてスマート、
しかもストライプの持つ若々しい印象に、
独特の色気が醸しだされると思うのは私だけでしょうか?
というので、超個人的な判断基準ですが、
青系のロンドンストライプシャツは、かなーり男前度がアップすると思います。
しかもこのシャツ、正統派で着こなしても、カジュアルに着こなしても、
同様におしゃれでスマートな感じがする、1点で十分存在感のある、
パワフルアイテムのひとつではないでしょうか?

これまでに記憶に残るロンドンストライプシャツの着こなしといえば。
一人目は、昔、表参道にあった友達のセレクトショップで見かけた男性。
顧客というその人は、ロンドンストライプのシャツにベージュのスーツを着て、
全体的にトラッドな印象のスタイリングでした。
ところがその襟元には、なんと可憐な花柄のネクタイが…。
植物画のようなクラシカルで具象的なタッチで、
バラやアネモネが描かれたネクタイです。
その男性はかなりふくよかなタイプで、一見モード系な体型ではないし、
顔つきもおしゃれ系というより、TKOの木下さん(ボケのほう)的な・・・。
その「木下さん」が植物画ネクタイ効果で、
なんとも味わい深くスタイリッシュな人物に見えたのでした。
彼が出て行ってから友達に「すっごくおしゃれじゃない、あの人? あのネクタイすごい!」
というと「あれは多分古いグッチじゃないかな。あの人ああいうの、パリやミラノ行って見つけてくるんだよね〜。この前はヴィヴィアン(ウエストウッド)のバンビ柄のネクタイしてたよ」とのこと。
ごく正統派のスーツやシャツ+個性派ネクタイ、あるいは個性派カフス。
そんな上級のおしゃれに挑戦してみては?

二人目は、代官山で見かけた青年。
彼はロンドンストライプのシャツに、紺地のリボンタイをしていたのですが、
それが、かわいいモチーフを色々織りこんだチロリアンテープ風のタイなのです。
その上に紺色のロングコート、ロールアップジーンズに茶色のローファーという、
さりげな〜いスタイリングなのですが、
ストライプシャツの知的な世界をチロリアンテープで、
「男のメルヘン」にしてしまった彼のコーディネートもまた忘れられません。

そして最後の一人は、とあるレストランのパーティで見かけた男性。
彼は少々光沢のあるチャコールグレイのスーツに、
ロンドンストライプのシャツという、これまたなにげないコーディネートでした。
ところがネクタイではなく、紺地にワインの水玉模様のシルクスカーフを合わせています。
しかもアスコットタイのように首元で結んでいるのでなく、
シャツの上から大判のスカーフをして前を重ね、その上にジャケットを着た感じ。
スーツの襟にそってスカーフが見えます。
そう、よくコートからマフラーがみえている感じです。
特にイケメンというわけでもない、一見フツーのおじさんなのに、
スカーフのあしらいがフツーじゃなくてカッコイイなと密かに見ていると、
そのうちライブバンドのラテン系な音に合わせて、
一人軽やかに踊りだし、すこぶる踊れるおじさんでびっくり。
やっぱり、男の人の魅力のひとつにギャップというのがありますね。
意外なコーディネート、意外な行動。
女子のハートがキュンとなるのはこんな瞬間です。
ともあれ、寒くもなく暑くもなく、
春はあれこれおしゃれにトライするのに最適な季節です。