ユーロアメリカンの味わい

日を追うごとに春の兆しが色濃くなり、
花々が開花を待ちわびているこの空気感。
春ならではの静かなエネルギー、静かな盛り上がりを感じます。
季節の変わり目で初夏のように汗ばむ日もあれば、
急に冬日が舞い戻ってくる日もあります。
こんな季節のコーディネートにおすすめなのがデニムシャツです。
新鮮な素材感を醸し出しつつ、
この時季の気温の変化に対応してくれる素材でもあります。

デニム素材というと、印象としてはアメリカンな感覚がありますが、
世界で一番伊達男が揃うイタリアを見るまでもなく、
パリやロンドンの街角でも、オシャレな男たちのコーディネートに、
欠かせないアイテムとなっているのがデニムのシャツです。
いかにもヨーロピアンなアイテムで揃えた中に、
一点デニムを加えることで双方が引き立てあい、
粋で新鮮なスタイリングに変化します。
ヨーロッパの視点を経ることで、アメリカンなデニムシャツが、
新たなグローバルアイテムになっている気がします。

デニムシャツに合わせるアイテムとしては、
定番の紺色ジャケットはもちろんですが、
グレンチェックやガンクラブチェックなど
細かいチェック柄の細身のジャケットや
淡い色目の麻のジャケットなどと合わせるのが、
今期おすすめのスタイリングです。
紺色ジャケットの場合は、
普段より少し大胆な柄や色使いのタイを合わせたり
ちょっと冒険してみるのもいいですね。
タイを締めないときは、
麻やコットンの軽い素材のロングスカーフをプラスしても。
パンツは白系のものがおすすめ。
白、生成りや淡いベージュなど、
下半身を軽い色目にすると粋な感じが増し、
ヨーロピアンテイストになります。
腰周りにややゆとりがあり、裾に行くに従ってタイトになる、
そんなシルエットのパンツがトレンドといえそうです。
もちろん、丈は短めで。

さて、ここで肝心なのがデニムシャツ自体のセレクト。
定番アイテムなので、どこでもいつでも流通しているだけに、
ここはひとつ、大人の品格を醸し出せる、
上質な製品を選びたいところ。
土井縫工所の今月の新アイテムとして登場したデニムのシャツは、
インディゴと生成の糸で織った上品な色合いと、
肌に優しく触れるしなやかな風合いが特長の、
大人のビジネスマンのためのドレスシャツです。
淡い色調のバイオブリーチ加工と、
よりインディゴの藍を残したバイオウォッシュ加工の2色展開。
エントリーモデルにはホリゾンタルワイドカラーと
ボタンダウンの2つの襟があります。
ボタンダウンにタイを締めて、あえてタイバーをつける。
そんなスタイリングがヨーロピアンの
おしゃれ心かつ遊び心といえます。
土井縫工所の2017年SSのテーマは「ユーロ・アメリカン」
アメリカンなアイテムをヨーロッパテイストでスタイリングする。
ミラノやパリ、ロンドンの伊達男たちの感性で着こなすアメリカ。
同じ地平にあるのが現代ニッポンの洒落男たちの感性といえます。
上質なデニムのドレスシャツで、
この春のスタイリングをスタートさせてみては?

春を呼ぶリバティ

およそ技術開発されているものはほとんどみな、日々飛躍的に進化しています。
でも、ファッションやデザインに関しては、
進化するだけではなく、レトロ、つまり、過去に退行するのもスタイルのひとつ。
ファッションに関しては1960年代初期に、
一定の進化の過程を終えているような気がします。
もちろん個々のデザインであれば色々個性的なものは出ていますが、
ファッション体系の流れを変えるほど革命的なスタイルは、
60年代にもう出尽くしていると思うのです。
たとえばマリー・クワントのミニスカート以来、
「こんなのはじめて見た!!」というファッションに出会っていないような。
80年代に入ってからはボロルックとか、
グランジスタイルとかはありましたが、
それも、デザインそのものの変革ではなく、
わざと穴を開けたりするというアレンジの範疇でした。
かくして進化を止めたファッションは、
歴史の中からおもしろそうなモノをピックアップしては、
現代風にアレンジしています。
60年代以来、私たちはすでに新しいものではなく、
すでに作られたデザインのニューアル、リサイクル、リユース方向での
冒険を遂行していると言えます。
それはそれでおもしろいのですが、
もちろん、素材的にはこれからも進化して、
こんなの10年前は考えられなかったというような
画期的な素材が生まれる可能性はありそうです。

洋服を形作るものはデザインとパターン、生地と付属品、
そしてテキスタイル。
中でも、テキスタイルはデザイン同様、その時代のトレンドを担うものです。
別の言い方をすれば、はやりすたりに左右されるので、
一番新しかったものがあっという間に古くなっていき、
気がつけば一番古いものとなり、さらに気がつけば、
「今、これって新鮮じゃん!」となる。
そんなトレンドサークルが現代ファッションの実情だと思います。
さて、日々うつろうトレンドですが、
中には不滅のメンバーもいます。
とくにテキスタイルでは、ストライプ、水玉、花模様、ペイズリー。
いつどんなトレンドの時代も、このメンバーはレギュラー。
そして、リバティプリントもまた、どの時代にも一定の地位を占めています。
いつ見ても新鮮な印象を与えてくれる不思議な存在感。
とくにクラシックシリーズは、
100年以上も前にデザインされたプリント柄でありながら、
今なお多くの人を惹きつける磁力に満ちています。
アールヌーボースタイルを思わせる手法で描かれた植物柄は、
図案化されたものなのに野性的で生き生きとしていて、
パワフルな生命力を感じさせます。
なおかつオシャレでシック。
いつの時代にも新鮮に感じさせる要因は、そのあたりにありそうです。
そんなリバティプリントのシャツは襟元から見えているだけで、
見る人にスタイリッシュなイメージを与えます。
鮮やかな色調を用いたものや、抑えめな色調で描かれたものがあるので、
ジャケットの色目に合わせてコーディネートしてみましょう。
あるいはこれから春に向かい、
カーディガンなどで過ごす機会も増えてくる頃です。
V襟カーディガンのVゾーンからクラシカルなリバティプリントが見えると、
それだけで新鮮な印象を与えそう。
ディープなヨーロピアンテイストというイメージの
リバティプリントですが、あえてコットンパンツなどに合わせて、
アメリカンにスタイリングするのもコツ。
フローラルなリバティのシャツで、春を先取りしてみてはどうでしょう。
春夏には新柄のシャツも誕生します。

マダム・ヴィヴィアンの新風

最近、「オシャレ番長」と評判のイギリスのメイ首相。
新首相に就任以来、政治家には珍しい、
モードなスタイリングが注目を集めています。
メイさんは60歳。英国国教の牧師の娘で、オックスフォード大学卒。
内容的には異なりますが日本でいえば東大卒的な高学歴です。
卒業後、イングランド銀行に勤めたのち、
政治家に転身した人で保守党の党首でもあります。
あまり自分の考えを表さない人で「氷の女王」の異名を取るとか。
少なくともファッションには考えがありありと表れていますが。
とはいえ、キャリアだけ見ればファッションとは無縁のように思えます。
仮に服が好き、装うことが好きであったとしても、
バックグラウンドやこれまでのキャリアからして、
シンプルで無難な格好か、いかにもマダムな保守系ゴージャスさか、
いきなりファッションに目覚めて勘違いな派手さに走りがち。
政治家とか文化人に多いのがその3つのパターンです。
その人たちのこれまでの人生で、とりあえずファッションは、
突き詰める対象ではなかったんだろうなと見て取れるスタイリングというか。
そんな中で小池百合子都知事は、とてもおしゃれですが、やはり保守系。
年齢相応・地位と立場相応の上質素材&仕立てのいい、
ベーシックなデザインの服をそつなくエレガントに着こなしています。
とはいえ、今の20〜60台くらいの年齢の女性の中で、
とくに小池さんファンでない限り、
そのファッションが大きく影響を及ぼすということはないような。
まあ、グリーンのものを身につけるとかはべつの話として。
その点、メイ首相は就任式のスタイリングという第一球で、
まずかっ飛ばしてくれました。
エリザベス女王の前で中腰になり挨拶するそのとき、
ミドル丈ほどのコートはネイビーと鮮やかなイエローとのバイカラー。
そして足元はヒョウ柄のローヒールパンプスといういでたち。
これで全世界のファッションマニアの心を鷲掴んだメイ首相。
以来、ホームラン球のボールをかっ飛ばし続けています。
とくにヴィヴィアン・ウエストウッドのような服は、
60歳のマダム、しかもモデル顔でもモードなヘアメイクもしていない、
普通のおばさん(失礼)が着こなすのはとてもむずかしいはず。
ところがメイさんはヴィヴィアンの中でも、
襟のデザインが変形で立体的でありながら、
全体の形はベーシックで無地のジャケット、というようなアイテムを選び、
すんなりスマートに着こなしています。
まあ、手足がとても長くてスタイル抜群という強みがあるとしても、
何を着てもとてもよく似合っていて、借りて来た服には見えない。
その感じからしてメイ首相は本当に服が好きなのだろうなと思わせます。
自分の風貌や体つきを全部ひっくるめた雰囲気。
それと自分の好みをすり合わせながら、服を選んで着こなす。
その楽しさをよく知っている人のスタイリングです。
某国の某大臣は、お嬢さんがスタイリストをなさっているとかで、
いつも女子大生か新人OLのようなアイテムでコーディネートしていますが、
オシャレ感を出すつもりでそうしているのだとしたら真逆の効果かと。
年齢やキャリアに見合ったオシャレ感を出さないと、
娘の服を借りているだけの若作りのお母さんにしか見えません。
せっかく、オシャレ分野でも評価されたいという意識をお持ちなのに、
そこが勿体無いし残念だなあ、といつ見ても思うのですが。
メイ首相がステキなのは、60歳という年齢で、
ヴィヴィアンを着こなし、それが若作りには見えない点。
それはアイテム選びや、
自身に似合うものを選び取る感覚にかかっているのですが、
まあ、そこがファッションセンスというものなのでしょう。
ちなみにかつて私がヴィヴィアンにインタビューしたとき、
「年齢層の高い人に着て欲しい、そういう人たちのために作っている」
と明言していました。
最近は、ヴィヴィアンもこなせるメイ首相のような、
年配のオシャレさんが日本にも増えているなあと感じます。

メイ首相はほとんどの服ずきな人がそうであるように、かなりの靴マニアです。
そのチョイスがまた、先程のヒョウ柄であったり、
ほかにもヘビ柄やマルチカラー、スタッズ付き、メタル使い、
爬虫類とビジューのコラボなど、
靴ずきにはたまらないコレクションをこれでもかと見せてくれます。
服も靴も含めて、メイさんの好みは
「シンプルかつどこかに強烈なスパイスが効いているもの」という気がします。
服がシンプルだったときは、靴が強烈だったり。
爬虫類にビジューをあしらった靴など、
一歩間違うとキッチュになってしまうアイテムを
エレガントにスタイリングできている点が、
メイ首相、ほかの政治家とはひと味もふた味も違います。
というか、首相のような政治家が履いている靴を、
え、これどこの?と血眼になって調べたくなるなんて、
こんな日がこようとは。
トランプショック同様、メイさんからも目が離せません。

そんなメイさんは無人島にひとつだけ持って行くとしたら何?
と聞かれて、「VOGUE」と答えたとか。
それほど服好きな結果のあのオシャレ番長ぷりや、
そのスタイルが多くの女性に影響を与えているという点が評価されて、
今回、アメリカ版VOGUE4月号の表紙に登場するとニュースになっていました。
これまでにサッチャー首相もUK版には登場したことがあるそうですが、
アメリカ版の表紙に出るのはメイ首相が初だそうです。
これは快挙といわざるを得ません。
メイ首相の別荘で撮影されたというその写真、見るのが楽しみです。

かつて小池百合子都知事が当時の米・ライス国務長官に絡めて、
「私をマダム寿司と呼んでくれ(So,why don’t you call me,Madam Sushi)
と言ったことをみなさん、覚えておいででしょうか?
これ、いまだに「百合子語録」のトップランキングにあると思うのですが、
今、メイさんは私の中で「マダム・ヴィヴィアン」であります。
政治✕ファッションて、本来噛み合わないものなので、
ちょっとクロスしてスパークすると、かなりおもしろいのです。

この春は自分を仕立ててみよう。


クリスマスから年末年始へと続いたイベントシーズンも
やっと落ち着いた頃ではないでしょうか?
ここしばらくの飲み過ぎ・食べ過ぎを後悔して、
ウエイトコントロールをはじめる方も多いのでは?

服をおしゃれに着こなすには、ボディラインが重要、という考え方があります。
事実、ショップなどで一枚の服に一目惚れしつつも、
自分の体型では無理かもと泣く泣くあきらめる、
そんな経験はほとんどの方にあるかと。

確かに、スリムだったり、小顔で手足が細長かったりすれば、
どんな服を着ても似合うし、
それなりに着こなすことができます。
モデルさんがパリコレで拍手喝采を受けたバルーンワンピースも
私が着たらどう見てもゆるキャラの着ぐるみにしか見えないとか。
でも、ショップのマヌカンの方は、ショーモデルより小さくても、
それなりに着こなしていたりします。
てことは、やっぱりボディラインと顔のサイズと雰囲気がモノを言うのか?
などなど、服とボディラインの関係は、
おしゃれを意識する上で、つねに目の前に立ちはだかる大きな壁です。

そんなとき、少し勇気を与えてくれるのが、
「The Sartorialist」という本です。
ご存じの方も多いと思いますが、
これは、同名の人気サイトが紙媒体になって出版されたもので、
オンライン同様、とても支持を集めているようです。
この写真のものは一冊目ですが、現在、3冊まで出版されています。
著者のスコット・シューマンは、独学で写真をはじめ、
ファッションに興味があったものの、いわゆるファッション写真ではなく、
ストリートで出会うおしゃれな人たちを撮ることに興味があったといいます。
彼が選ぶ人は、それこそ世界的なセレブやファッショニスタもいますが、
チマタの無名な人々がほとんどでした。
中にはいわゆるおデブさんや、
体型的に見て、まずモデルは無理という人も大勢います。
でも、それぞれにその人らしいおしゃれをしていて、
全員、迫力も説得力も魅力も抜群です。
スコットは彼らの写真を載せたストリートスナップのサイトを
2005年にスタート。
以来、世界中のファッション大好きさんたちの間で評判となり、
今では一日で10万ビュー以上あるといわれ、
彼は「世界で最もデザインに影響を与えた100人」に選ばれたり、
ベストブロガーに選ばれたりしています。
サイト名と著書名の「The Sartorialist」は、仕立人というような意味。
そう、服を仕立てる人です。
登場している人たちは、実際に自分で服を仕立てているわけではありませんが、
(中にはそんな人もいるかもですが)
自分に似合うものを探して組み合わせて着こなすことが、
自分を仕立てることになる、そんな意味合いではないかと思います。
サイトや写真集には、若い人からおじいさん・おばあさんまで、
経済力を感じさせる高級スタイルから、
およそ経費をかけていないエコノミースタイルまで、
さまざまな人たちが登場しますが、
共通しているのは、全員、着るものにこだわっているという風情。
一見してそれとわかる小粋なファッショニスタのみならず、
一見見逃しがちなヨレヨレ風のじーさんが、
よく見れば相当こだわってアイテム選びをしているのがわかります。
服を着ることの楽しさや装うことは、
今日何を食べるかということと同じ、すなわち人生だということを、
改めて思い知らされるサイトであり写真集です。

スタイリングを集めるというフィールドワークは、
民俗学的にもすこぶるおもしろい企画という気がします。
写し取られているのは室内空間や生活スタイルそのものではないにせよ、
人は服を着てそこに立っているだけで、
その人の生活環境をも背負っているんだなと感じさせます。
つまり、服は人生そのもの。
だからこそ、ストリートスナップはおもしろい。
ちょっと体重過多でもおちびちゃんでも痩せすぎでも顔が大きくても、
つまりアンチファッションな体型でも、
「これが私なのよ」という意識さえあれば、
おのずと選ぶものもその人らしさが出て、
その人にしかできないスタイリングが生み出されて、
説得力と魅力が出てくるものだと。
「The Sartorialist」には、ファッションのひとつの答えがあります。

サイトを見ているだけで、スタイリングへの意欲が湧いてきそうです。
この春のスタイリングの参考にどうぞ。

写真集は、 ”The Sartorialist” Scott Schuman   Penguin books
サイトは、 http://www.thesartorialist.com/
です。ご覧あれ。

賀正

あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

さてさて、今年はトランプ新大統領が誕生します。
オバマさんが大統領に就任したときの、
世界がリベラルで開かれた方向に行くかのような印象とちがって、
保護主義的な方向に向かって行くような印象があります。
とはいえ、実際にオバマ政権以降で世界はリベラルさを増したかといえば
とくにそうとも言えないし、
トランプ政権で世界がどう変わって行くのか、
今はただ世界が穏やかでありますようにと祈るしかありません。

とりあえず酉年の年が明けました。
酉の市、お酉様でも知られるように、
酉は商売繁盛を招く福神です。
古来、「酉」という文字は穀物の結実や収穫を意味していたといわれます。
すべての意味で実り多き年でありますよう。

トランプ前の静けさ。

IMG_0264hiroba大方の予想を裏切って、まさかのトランプさん勝利から早半月。
この結果が吉と出るか凶と出るか、世界が知るのはいつになるのでしょう。
その昔、アメリカの左翼主義活動家、ジェリー・ルービンの
”DO IT! 革命のシナリオ”という本を読んだとき
(ロック好き女子高生の頃ね)
「アメリカの大統領が世界情勢を左右するんだから、
米大統領選にはアメリカ人だけでなく、
世界中の人が投票できるシステムにするべきだ」
と書いてあってびっくりしたことがあります。
まだ世界情勢にうとかったこともあるし、
米大統領にそれほどのパワーがあるという実感もなかったので、
アメリカ人の意識の中でのアメリカや大統領の偉大さを
見せつけられた思いでした。
あれから長い長い時が流れて、今は実感しています。
アメリカの大統領がもたらす世界への影響を。
それにしてもトランプさん、あのスーツ姿はどうにもこうにも。
イタリア製の数十万もするスーツと知って逆に驚いたくらい。
質感とか色合いとかシルエットとかに、まずエッジが感じられない。
シャツもいいものなのだろうとはお察ししますが、
いつも白で変哲もなく、タイにいたっては(以下略)……。
オバマさんが大統領になったときのスマートさ、
スーツやシャツ、タイのセレクションのスタイリッシュさが懐かしい。
まあ、トランプさんは人生にファッションセンスは、
無関係という方なのでしょうし、
有名になれば女の子は自由になるというお考えらしいから、
そこでもオシャレなスーツなんて関係ないのかも知れません。
トランプタワーにある自邸のインテリアもパワフルです。
トプカピ宮殿かパルテノン宮殿か?!というような、
大理石の円柱のある金ピカのリビング、
天井にはルネッサンス風天井画あり。
でも、ペントハウスとはいえマンションの一室で築30年以上だから、
インテリアの様式に対して天井が低過ぎ。
でも細かいことは気にしないトランプさん。
ファッションにもインテリアにもあまりスタイルを求めない方らしい。
スタイルのよさが重要なのは女性だけのようです。

ちなみにファッションとインテリアは切り離して考えられないものだと思います。
何を着て暮らすかということは、
どんな部屋に住むかということとイコールのはず。
それはもちろん、お金をかけるかどうかの問題ではなく、
どれを選ぶかということです。
バッグは奮発してGucciだけど、ベッドは『無印』でも問題ない。
その人のスタイルやテイストがそこにあれば、衣と住は重なるはず。
私は電車内で前に座った人の服装や持ち物を見ると、
自動的にその人の住環境が重なって見えるタチ(勝手な妄想ともいいます)。
人は住環境までを身にまとって歩いていると思っています。

そんな私には見逃せない企画、
「モードとインテリアの20世紀展ーポワレからシャネル、サンローランまでー」
に先日行ってきました。
会期期限の終了が迫り、主にインテリア目的で、滑り込んだものの……。
展示物はファッション中心で、インテリアは1900〜1960までの
当時の室内をイラストで再現した数点のパネルのみ。
唯一、「1940-1959」の展示室にイームズのシェルチェアが置いてあって
「ご自由にお座りください」と書いてあったけど、
これ、いまどきは「うちにあるんですけど」率の高いチョイスですよね。
そこらのカフェでもありますから。残念です。
何年か前に芸大の美術館でバウハウス展を見た時は、
家具もあったし、確かキッチン含む室内の再現展示もあったような。
そういうのを期待して行ったのですが。
今回は島根県立石見美術館のコレクションの展示ということで、
多分そこはファッションが中心で、
インテリア関連のコレクションはないのかも知れませんが、
展示会名に「インテリア」を入れる以上、
ヌーボーもデコも60’も、少しは家具や雑貨を揃えて欲しかったような。
とはいえ「1960’s」の展示室でアンドレ・クレージュのドレスやブーツとともに、
クレージュがかつてデザインに携わったミノルタ製のカメラが展示されていて、
これが見られただけでももう満足です。
そのポップさ、かわいさときたら、今発売されても人気が出そうというアイテム。
ちなみにそのカメラ、デザインが70年代ぽいなあと思っていたら、
調べたところ、1983年の製品でした。あらあら。

会場の『パナソニック 汐留ミュージアム』があるのは、
日テレの社屋も、話題の電通本社ビルもある、高層ビルが立ち並ぶ再開発地区。
渋谷・新宿・六本木、あるいは銀座あたりともちがう、
過去の影がない、近未来感漂う街です。
ビルの谷間を新交通システム「ゆりかもめ」がすり抜けていく景色に、
鉄腕アトムの漫画の世界がいつの間にか現実になっているのだと改めて認識。
近くのビルのTOWER RECORDで女の子アイドルが握手会と、
インストアライブを開催していました。
初老のおじさまが嬉しそうにミニスカートのアイドルと
握手していたりして、世の中、まだ平和のようです。
オバマ政権が終幕に向かう中、汐留はいたって静かでした。

写真は、「1920-1939」時代の展示室。
マネキンの背後のパネルがインテリアの展示ということでした。
ミュージアムの近所のビルのパティオ。
雨模様とはいえ週末の午後。それにしては人もまばらな近未来の街です。

答えは風に吹かれているらしい。

今年のノーベル文学賞をボブ・ディランが受賞したということで、
世界中が驚いたのではないでしょうか。
いうまでもなく、ディランはミュージシャンですから。
私もニュースで知ったときは「え?ディランて小説書いてたんだ?!」と思いました。
知らない間にそれが出版されていて、評価の対象になったのかと思ったし、
ディランほどの人なら、興味深いものを書くだろうし、
読んでみたいと思ったのでした。
ところが、受賞の対象は一連の楽曲における歌詞だというので、またびっくり。
彼の偉大さや文学性も認識しているつもりではあるけれど、
ノーベル文学賞を選考するような人たちがそれを評価するということは、
やはり驚きでした。
選考の理由は「アメリカの輝かしい楽曲の伝統の中で、
新しい詩的表現を生み出してきたこと」
なんだそうです。
確かに、60年代の欧米のポップミュージックの歌詞といえば、
「道を歩いていたら、向こうからすげえかわいいコがやって来たんだ。
俺はもう一目惚れ、心はウキウキ、思わず口笛を吹いたぜ」
みたいなお気楽なものがほとんどでした。
そこに「どれほどの道を歩けば、人は彼を男と認めるんだ?」
という歌詞をひっさげて登場したのですから、
道を歩くのはかわいいコに一目惚れするためと思っていた連中にしてみたら、
え?そうくる?みたいな新鮮な衝撃だったのではないでしょうか?
ビート文学の騎手であった作家アレン・ギンズバーグも、
ディランの詩を文学的だと賞賛したと言います。
ディランが登場した1960年代初期から後期にかけては、
若者文化が大きく変わろうとしていた、
あるいは、世界は変わるんだと誰もが信じていた、
そんな空気に満ちていた時代でした。
それまで、娯楽一辺倒だったポップ・ミュージックに、
芸術的な音と哲学的あるいは叙情的な詩を持つ、
独特の世界を表現する人たちが増えていきました。
そのムーブメントの中心にディランがいたように思います。
当時の多くのミュージシャンに影響を与えていて、
あのデヴィッド・ボウイもHunky Dory”というアルバムの中で
“Song for Bob Dylan”という曲を書いているのですが、
内容はともかく曲調や歌い方がまさにディラン調。
ディランの曲をカバーする人たちも続々登場しました。
ノーベル文学賞がボブ・ディランに決まったと発表した、
選考委員である大学教授サラ・ダニアスさんは、
記者から「あなたはボブディランを聴いたことがあるのか?」と聞かれて、
「ものすごく聴きこんでいたわけではないけれど、
彼の音楽はいつも身の回りにありました」
というような感じのことを言っていました。
さらに続けて「多分、世代の問題ではないでしょうか?
私はデヴィッド・ボウイのファンでした」
といったので、その回答にびっくり。
一見、全くそんな感じに見えないマジメそうな女性で、
人は見かけによならいと思ったものです。
デスメタル系のバンドのライブで大手企業のOL風のお姉さんが、
いきなりヘドバンをはじめてびっくりすることがありますが、
見かけによらない&人に歴史ありと思わせてくれます。
ともあれ、音楽の歌詞であっても、文学性に満ちたものは数多い。
日本のミュージシャンの詩にもさながら純文学のような歌詞が多々あります。
「最後の白い鳥は何を餌に生き延びてる
新月の蒼い海を確かめるように高く低く、
殻が割れるまでどこかで見ているように
生まれたらすぐにさらいに来るかのように
行く人 来る人 誰かを待つ人 もうすぐ始発のバスが来る
心が心を許せる時には、どうして姿形はないんだろう」
というのは吉井和哉というミュージシャンの”Hearts”という曲の歌詞ですが、
言葉の先から広がる世界観の鮮明さは、たちまち引き込まれる魅力的な小説のようです。
ミュージシャンになっていなかったら、
純文学の作家になっていたかもと思える人々もいる中、
逆に19世紀のフランスの詩人アルチュール・ランボーなどは、
現代に生まれていたら絶対パンクミュージシャンだったんだろうなと思います。
「骸骨たちが踊り狂う、もう踊りだか殴り合いだか知ったこっちゃない、さあ、踊れ」
という詩なんて、実にパンクです。
そういう意味ではボブ・ディランがノーベル文学賞をとっても不思議ではないのですが、
毎年受賞を取りざたされる本職の作家さんたちの身になってみれば、
なんとも鼻白む思いではないでしょうか?
しかも、受賞後、ディランは2週間もノーベル賞の財団に連絡しなかったし。
結局、連絡して快諾したというので一件落着と相成ったのですが、
なんですぐに連絡しなかったのかは謎のまま。
答えは風に吹かれているのでしょう。
私は、一部のディランファンのように
「彼はストイックだし権威を嫌うからこんな賞なんて許否するに決まってる」
とは思いませんでした。
ディランて、結構俗っぽい人なんじゃないかという印象があります。
理由は2つ。
まず、彼が昔つきあってた彼女がイーディ・セジウィックだったこと。
イーディーは60年代にアンディ・ウォホールの映画に出ていた、
当時のファッションアイコンでありいわゆるパーティー・ピープルです。
今見てもかわいいしファッショナブルだしカッコいい女の子だと思うけれど、
いわゆるボブ・ディランなイメージとは真逆な存在。
彼女とつきあっちゃうわけだ、ディランて、とそれを知った時思った次第。
もちろん、そんなディランをおもしろい人だなあと思ったのですが。
二つ目の理由は、ディランが60年代にロンドンでライブをしたときのこと。
当時「イギリスのボブ・ディラン」と言われていた、
フォーク・シンガーのドノバンが、ディランのコンサートを見に来ました。
するとディランは楽屋で「ドノバンは来てるのか?」と、
かなりナーバスな感じで気にしていて、
一方、ディランに会ったドノバンは淡々としていて平常時な感じ。
というシーンをドキュメンタリーフィルムで見たのですが、
普通なら二番煎じと言われているドノバンのほうが緊張して、
ナーバスになっていていいはず。
ところが緊張しているのはディランのほうだったので、
この人は案外生々しい俗っぽさがある人なんだと思って、
そこから、それ以前より好きになったのでした。
ストイックな印象の裏の生々しさというギャップがいいですよね。
その逆でもいいけれどね。
そんなボブ・ディラン。イーディとつきあうくらいだから、
オシャレにも敏感な人であるはず。
細身のジャケットや細身のジーンズが特徴ですが、
それは今のファッションにも通じるものがあります。

DYLAN_1_2
DYLAN_3_4

写真は
1,2
アルバム”Highway 61 Revisited_1965”の表と裏。
トライアンフのノベルティーTシャツに、ちょっとサイケデリック感のある柄物シャツ。
曲は、”Like a Rolling Stone “ほか。
時は東京オリンピックの次の年。

3 
同アルバムCDの中に掲載されていた写真。
タイトなジャケットにタイトなパンツ。


ポスター。
アルバム、”Bob Dylan’s Greatest Hits_1967″のオマケについていた。
伝説のグラフィックデザイナー、ミルトン・グレイザー作

photo&information by H.H.

昭和の家に未来を見る。

maekawa_gaikanmaekaamaekawa_naikan
先日、取材で、東京都小金井市にある江戸東京たてもの園に行って来ました。
ここは墨田区にある江戸東京博物館の別館で、建物を専門に展示する野外美術館です。
約7ヘクタールの園内には江戸時代から昭和初期までの歴史を物語る建物が30棟、
元の場所から移築・復元されて建ち並んでいます。
藁葺き屋根などの古民家を移築した古民家園と違って、
ここのおもしろい所は、大正や昭和初期のモダン民家や
昭和の風情を伝える商家まで移築されているところ。
モダン住宅が並ぶ一角はまるでレトロなお屋敷町のようだし、
大正や昭和の商店が並ぶ一角は、歴史の彼方にタイムトリップした気分。
建物ズキ、住宅ズキの私は、この施設が大好きで開園当初は何回か通いました。
ここ14〜5年は行っておらず、久しぶりに行って見ると、
移築・復元されてからの長い年月、風雨にさらされてきた建物は風格を増し、
そして町並みはよりリアルなたたずまいになっていたのでした。
園内は3つのゾーンがあり、東ゾーンは昔の商家やお風呂屋さん、
酒屋さんや文具店などが並んでいます。
中央ゾーンは郷土資料の展示コーナーや、2.26事件の舞台となった高橋是清邸など、
歴史的な建物が移築されています。
そして今回の取材のお目当てのひとつがある西ゾーン。
ここにはさまざまな建築様式で建てられた、
大正から昭和初期のモダンな住宅が並んでいます。
中でも私のお気に入りが、前川國男邸です。
前川國男はル・コルビュジェの元で修行したこともあり、
戦後の日本の近代建築をリードした建築家として知られています。
その自邸として、品川区上大崎に1942(昭和17)年に建てられた住宅。
これが典型的な日本のモダニズム建築で、切妻屋根や障子を思わせる格子窓など、
和のテイストを取り入れつつモダンに仕上げてある名建築なのです。
リビングダイニングに書斎と寝室、ごく小さなキッチンというシンプルな作りで、
デザイン的にはまさに今の住宅の主流ともいえるスタイルです。
今から74年も前に、プロトタイプが生まれていたことに驚きます。
さらに、そのコンパクトさとたたずまいは現代なら、
ちょっと余裕のある一般人でも建てられそうな規模です。
著名にして売れっ子の建築家の家とあらば、今ならさぞや豪邸で、
とても庶民に手が届く類のものではないはず。
しかもこの家、この規模で、玄関脇に女中さん用の小部屋があるのです。
今昔の文化や暮らしの違いに思いを馳せてしまいます。
そして、この家の中で前川國男巨匠は、
いったいどういうファッションでくつろいでいたのか?
現代なら、この手の家にいる人はTシャツにジーンズか、
ジャージ素材のパンツでくつろいでいるはず。
前川さんのくつろぎスタイルは和服だろうか?
ドレスシャツにノータイくらいのカジュアルさだろうか?
でも外出時は当然、三つ揃いスーツに革靴、ハット着用とかでしょうか?
などなど思いを馳せていると、もちろん、デザインやサイズの違いはあっても、
基本、74年後の今もほとんどの男性はシャツにスーツ、革靴を履いて仕事に赴く、
ことに気づきます。
変わったのは、家にいる時のくつろぎスタイル。
着るものって、プライベートシーンから変化して行くのだと
今更ながら思いました。
今から74年後、人類は家で何を着てくつろいでいるのでしょうか?
まだ人類は地球にいるのでしょうか?
などなど、昔の日本の家や暮らしを見ていると、
思いはいつの間にか未来を見ていたりするものですね。

*写真は前川國男邸の外観と内観。
リビングには中二階があります。以前は上まで行けたと思うのですが、現在は禁止。
なんと言っても築74年ですから。
家具もすべて建築家のデザイン。ちょうちん型の照明のみイサム・ノグチで、
巨匠コラボです。

これが私です。ポール・スミス展

仕事部屋
展示会場−1

上野の森美術館で開催された「ポール・スミス展」に行ってきました。
ポール・スミスは言うまでもなく、
イギリスを代表するファッションデザイナーです。
そのデザイン傾向がすぐに思い浮かばないとしても、
同名のブランドのシグネチャーデザインとも言える、
マルチカラーのストライプをモチーフにした財布などのファッション小物は、
日本でもポピュラーなアイテムではないでしょうか?
ポール・スミスは70年代中期に、イギリス中部の都市、
ノッティンガムに小さな小さなセレクトショップをオープンしました。
徐々にオリジナルを作りはじめて人気を博し、
80年代には東京やニューヨークにも進出しました。
伝統的な英国スタイルのジャケットで、
裾部分が異素材に切り替えてあったり、
身頃や袖全体に大胆な花模様の刺繍が施されていたりと言った、
彼ならではのスタイルで注目を集め急速に売上を伸ばして行きました。
その世界的な活躍を評価されて94年にはエリザベス女王から勲章を授与され、
さらに97年には若きブレア首相のスーツを担当、
当時世界中の若者に影響を与えたイギリスのアートやデザイン、
音楽などを総称したクール・ブリタニアムーブメントの立役者でもあります。
現在は日本のビジネスマンにも愛用されるブランドだけに、
花柄や写真プリントもスーツの表地ではなく裏地に使われている状態ですが、
遊び心はそのままという気がします。

そんなポール・スミスは、コレクターとしても知られています。
今回のポール・スミス展は、コレクションも少しは展示されていますが、
メインは彼が集めた絵画やポスターはじめ、腕時計、自転車、
日本の食品サンプル(おなじみのフォークが宙に浮いているスパゲッティ)
ほかさまざまなアイテム。
中には、彼のコレクション好きを知っているファンたちが、
郵便で送ったモノまで切手を貼られたままで展示。
インドぽい象の置物や怪獣、夜店にありそうなビニールのイカ、
ボーリングのピン、コオロギやバッタの置物、などなど。
絵画は泰西名画と言ったものから50〜60年代のポップな様式で描かれた、
スタイル画ぽいもの、本人やほかの人が撮った写真、
モダンアート的なものから子どもの落書き、広告、雑誌の切り抜き、
海外のおみやげの包装紙などなど、
もう本当に種々雑多なものが額装されて展示されています。
物集めっぷりに共感を覚えつつ、
さぞや保管場所に苦労されているのでは? と、そこにも共感。
また、再現されている彼のオフィスもモノだらけ。
今、日本の一部ナチュラル志向派の間では空前の
「モノを持たない暮らし」ブームですが、
そのムーブメントに乗りきれないモノマニアな私としては、
「おお、同志よ!!」という心境で見せていただきました。
彼の仕事部屋に続いて再現されているアトリエで、
スタッフが使っているパソコンは最新のMACですが、
ポールの仕事場に置いてあるのは初代 iMAC。
90年代後期に登場したオールインワン型パーソナルコンピューターで、
曲線を活かしたデザインとブルーやオレンジなどの
カラフルなカラリングで一世を風靡した名機です。
我が家の押入れにもまだあり、
手放すことが出来ないのはポールと同じですが、
まさか、これ、現役で使っているわけじゃないよね?
とにかく、見ていて楽しい展示会です。
タイトルの「HELLO! MY NAME IS PAUL SMITH」というのも、
いかにも彼らしいと思います。
彼はパーティーや何かの集まりに出向くと、世界的なデザイナーであるのに、
無名の若者や誰だかわからない人にも自分から気さくに話しかけて
「HELLO! MY NAME IS PAUL SMITH,I’m a fashion designer」と、
自己紹介をするのだそうです。
そして思い出すのは、2011年3月のこと。
東日本大震災後の原発事故の問題から、観光客はじめ外国人の方々が、
東日本エリアから続々脱出、関西や国外へと避難して行きました。
来日を中止したアーティストもたくさんいました。
その中でポール・スミスは急遽来日し、
日本国内のブリティッシュ・カウンシルの責任者と
you-tubeに動画をアップ。
「日本は安全です。変わらず躍動しています。
日本でのビジネスを考えていた方、
今こそぜひ、日本に来てください!」
と声明を発表。日本のためにひと肌脱いだ形ですが、
これも彼一流のビジネスセンスなのでしょう。
モノと人をこよなく愛する、その情熱でビジネスを進めていく。
そのスタイルが多くの人を惹きつける要因だと思います。
そういえば、you-tubeに登場したときの第一声も、
「HELLO! MY NAME IS PAUL SMITH,I’m a fashion designer」
だったと思います。
数年前、日本版エル・デコとのコラボ企画で、
ポールが表参道の彼のショップ「SPACE」のギャラリーに、
椅子を展示したことがありました。
これは、ロンドン近郊の街に住む人々を、服の違いで特徴づけ、
それを椅子にデコレーションして展示するという試み。
たとえば、メイフェアという高級住宅街に住む老夫婦、
イーストエンドという、かつての低所得者居住地が
今や注目のサブカルエリアになっている街に住む若いカップル、
あるいは、郊外で子育て中の若い夫婦の4人家族などなど、
それらしい服やアクセサリーをまとった椅子が、
それぞれの地域のライフスタイルを表していて、
とてもおもしろい企画でした。
その時私は編集部から、それぞれの椅子が表す人たちに、
ストーリーをつけて欲しいと頼まれました。
たとえばイーストエンドの若いカップルなら、
夜な夜なクラブに行って、酔っ払って喧嘩になり、
彼女の方が彼氏を蹴飛ばす、というような物語を書き、
それぞれのストーリーをプリントしたパネルが、
椅子とともに展示されました。
この企画からもわかるように、彼は地域の持つ違いや特性を
とても大事にする人です。
今回の展示会には世界中で展開している、
ポール・スミスショップの写真も展示されていますが、
それを見ると国や街の個性に合わせて、
外観や内装が変えられていることに驚かされます。
ロンドンのあるショップはいかにも伝統的な
ブリティッシュなたたずまいで、
パリ、サンフランシスコ、ローマなども、それぞれ、
その街の個性や魅力を反映したショップになっています。
京都のショップは古民家を使っていたり。
直営ショップは世界共通の外観やインテリアで統一するブランドが多い中、
地域に溶け込む店作りを推進する、いわば郷に入れば郷に従え方式の、
それがポールの個性なのだと思います。
それぞれの違いを尊重しながら、それを自分のパワーや魅力に加えていく。
集めまくったほかの人達の作品で自らを表してしまう。
「Hell!I’m Paul Smith」
そして私はこれらすべてです。
と言わんばかりの、とても刺激的な内容でした。
この展覧会は世界を巡業していて、東京は京都に続き開催、
このあと名古屋に行くそうです。

館内は撮影自由なので、入場者はほとんど全員撮影していました。
写真上は、再現されたポールのオフィイス。
ポップでキッチュ、永遠の子ども部屋テイストと、
日本のアンティークの箪笥のミックス&マッチが印象的。
写真下は、彼が集めた絵画や写真のコレクション。この壁面が延々続きます。

活躍するユニフォーム

暑い日々が続いております。
気温的にもオリンピック的にも。
ニッポンのメダルラッシュも勢いに乗っていて、
90年ぶりだの30年ぶりだの、歴史を塗り替える勝利の連続です。

リオが開幕する前は、現地の準備不足や、
反対派の「地獄へようこそ」のプラカードや、
デモ隊が聖火を打ち消してしまうなどの
数々のアンチな事件が報道されていました。
2020の開催を待つ東京でも、決定時のお祭気分はどこへやら、
競技場やロゴの白紙撤回を経て、国民の間でシラケムードが高まっていた矢先。
リオの開会式を見たとたん、やっぱりオリンピックのチカラってすごいなあと
実感させられました。
南米初の五輪開催ということで、
それが決まったときは好景気の上り調子だったブラジル。
ところがその後バブルが弾けて、今、五輪開催どころではないという状況に。
そんな中、当初より大幅に予算が削られたというのに、
サンバのミュージシャンやストリートパフォーマーが
広い会場で圧巻のパフォーマンスを見せてくれたし、
国の歴史を振り返るストーリーの演出も見応えありました。
低予算でもアイデアと想像力さえあればこんな素晴らしいことができると
改めて納得。
そしてはじまった選手入場。
何がすごいって、世界、205の国と地域が参加して、
それが一堂に介してパレードするわけで、そんなイベントはやはり五輪のみ。
各国の「いついつ独立しました」とか「国名が変わりました」とかの豆知識も
同時に知ることができて楽しい限りです。
そしてこのコラム恒例のオリンピック開会式選手団ユニフォームレポですが。
全体的な印象として、今年はモード的にチャレンジしている国が、
多かったように思います。
まずカナダ。背中に同国のシンボルでもあるカエデの葉のモチーフを
大胆にあしらった赤いジャケット。
その下には白いTシャツを合わせているのですが、
シャツのすそは後ろがタキシード風につばめの羽根のように先が割れていて、
さらにジャケットより長いのですそから出る仕組み。
ボトムは細身のネイビーのパンツで、そのスタイリングはどことなく、
あのお騒がせミュージシャンのジャスティン・ビーバーを思わせるイメージ。
確かにカナダはジャスティンの故郷なのでした。
次に印象的だったのがUSA。
例年通り、ラルフ・ローレンのプロデュースということで、
ネイビーのジャケットにトリコロールの太いストライプTシャツに
ホワイトジーンズ(一部ブルージーンズ軍団も)、
トリコロールカラーのデッキシューズというスタイリング。
オリンピックの選手団入場行進というより、
GAPの広告かと思えるカジュアルスマートさでした。
(GAPは広告モデルに個性的な風貌の一般人ぽい人を使うのでなおさら)
しかも、メンズもレディースもボトムはパンツで、ユニセックスがコンセプト。
オリンピックといえば、スポーツウェア風のユニフォーム以外は、
男子はパンツ、女子はスカートが主流。
民族衣装風のユニフォームも同じように、男女の差があるスタイル。
そんな中、今回はUSAはじめ、いくつかの国で、
ユニセックスなユニフォームが採用されたのが印象的でした。
そして昨年に引き続き、ステラ・マッカートニーのプロデュースによる
英国選手団のユニフォームは、
男子が淡いブルー系のボタンダウンシャツにネイビーのピーコート風ジャケット、
白い短パン。
女子が白いサファリジャケット風の下にネイビーの箱ひだ風ミニスカート。
こちらも一見GAP風カジュアルテイストでした。
一方、モードを意識したハイブランド風ユニフォームだったのがモナコ。
白いシャツにネイビーのネクタイ、
エンブレム付きネイビーのブレザーにカーキがかったベージュのパンツ、
黒い革靴と、徹底したダンディースタイル。
イタリーもまたファッション雑誌の広告風で、
さすがは御大、アルマーニによるもの。
濃紺でバギー風太いパンツのオールインワン。
こちらもユニセックスでした。
変わり種では、一部の海外メディアに
「ハリーポッターの魔法学校の制服みたい」と評された、
モンテネグロ女子のワンピースとジャケットのユニフォーム。
サックスブルーという色やミニのフレアスカートにカンカン帽というキュートさ。
かわいい割にどんな体型と顔つきの女子でもカバーできる
制服ならではの汎用性があるのも魅力です。
ともあれ、開催国のブラジルもトロピカルなプリントのシャツやブラウスを採用し、
ファッショナブルに仕上げていたというのに。

どうしたニッポン!!

赤いジャケットに白いパンツ。そしてそのシルエットや全体の仕上げは……。
え?前回の東京オリンピックのときの使いまわし?
というくらいのレトロ感漂うユニフォームでした。
なんでコレ?
日本って、一応、まだ、先進国ですよね?
クールジャパンというキャッチコピーもあり、
ファッション先進国でもある、その国のユニフォームがコレ?
この後ろ向きかつ保守的なユニフォームに、
今の日本の関係各所のリーダーたちの自信のなさが見えているようで、
少し寂しくなりました。
「変なデザインにして叩かれたくない」という思いが見え隠れします。
じゃあ、変なのにしなければいいのに、とも思いますが、
でも、それをジャッジすることも難しく、
どうしても中庸なものに流れてしまうのかも知れません。

それにしても、ロンドンオリンピックからもう
4年も経っていたことにも驚きます。
とすれば東京オリンピックももすぐそこ。
今年の日本の選手たちの大活躍のように、
4年後の開会式の演出や、
ユニフォームが大活躍してくれることを祈る次第です。